恋花 04
皐月の柔らかな濃紺の空に藤色の花びらがざわりと揺れる。
微かに香る花の香を鼻腔に感じながら、は月明かりを落とした碗の底を見つめていた。
「お前は馬鹿だ」
隣に座るァ千代が呆れたように呟いた。
「いい加減、認めればいい」
と、ァ千代はぐいと酒の注がれた碗を一気に煽った。
「でも……」
ちびりちびりと舐めるように酒を飲んでいたに、ァ千代は盛大なため息を付いた。
先ほどからこの問答に進展はない。
早く認めてしまえばいいものを、はでも……とか、だって……と言い訳を付けて、なかなか己の気持ちに素直になろうとしないのだ。
「お前は強情すぎる」
「知ってます。でも、」
「あいつの事は嫌いか?」
まっすぐに視線を射抜かれ、は思わず顔を背けた。
夜風が火照った頬を撫でていく。
「好きか嫌いで答えれば、好きなのだと思います。でも……恋というのを、私はよく、わからないのです」
官兵衛の事は好きだ。三成も、清正も、正則も、秀吉も、ねねも好きだ。
だが、それは恋ではない。敬愛や家族愛、そんな物で区別されるそれと、半兵衛への気持ちがどう違うのか分からない。
好いているのだと思う。だが、その才能に、その人望に、憧憬を感じたそれは――――果たして恋と称する感情なのか。には分からないのだ。
「ァ千代さんは……宗茂さんのどこが好きですか?」
唐突に話を振られて、ァ千代はごほごほと盛大にむせ返った。
「なっ……!」
「教えてください。なぜ、夫婦になったのです?」
に純粋な瞳を向けられて、ァ千代は大げさなほど慌てた。
「そ、それは、立花には強い婿が必要だと父上が……!」
動揺しすぎて声が裏返っている。
「べ、べつに私は何も思っていないぞ! ただ、幼いみぎりに父上が連れてきて、それで腐れ縁というか……」
夫婦の縁を腐れ縁とはずいぶんだが、酒を幾ら飲んでもびくともしなかったァ千代の耳が、ほんのりと赤く染まっていた。
「他に好いた方はいらっしゃらなかったのですか?」
「そ、それは……宗茂なら、立花の名を背負えるだろうと……わ、私ではないぞ! 父上が! 父上が仰ったのだ! だから、私は……」
純粋な瞳でじっと見つめられて、ァ千代は観念したようにうう……と呻く。
「ま、まあ……性格はちょっと悪いが、剛勇鎮西一の名も伊達ではないだろうし……まあ、器量もそこそこだからな。私には劣るが、一将として尊敬できなくもないというか……」
「それがァ千代さんの恋なのですね」
「〜〜〜〜!!」
ァ千代は顔から火が出そうなほど、赤面した。
半兵衛との事をからかってやろうと考えていたァ千代は、まさかの反撃を受けて悔しそうに顔をしかめた。故意ではなく純粋に不思議がって聞いているのが尚更たちが悪く、ァ千代は生意気な奴め、と嗜虐心を膨らませていく。
「ええいっ、私の事などどうでもいいのだ! お前はさっさとあの男と懇ろになれっ!」
「え、でも、それは……!」
「いいから飲め! 立花の酒を断れると思うな!」
ァ千代はの碗に並々と酒を注ぐと、さっさと飲め! と一喝して無理やりに杯を空けさせた。
すぐさま次の酒を並々と注ぎ、女達の夜は酒と月と花の香に包まれていく。
そして――――
「気持ち悪い……」
翌朝目覚めたは顔を蒼白にさせて、旅支度を済ませた。
体調が悪いなら泊まっていけばいいという誘いを断ったのは、秀吉から与えられていた休暇を超過する事は出来ぬという、らしい真面目さのためだった。
とは言え体調は最悪で、頭痛と悪心にずっと苛まれており、少し身動きするだけで胃の中がきゅうきゅうと収縮して気持ちが悪くなる。しかもどれだけ飲まされたのか、記憶も曖昧で、所々思い出せないのがまた怖い。
「あれが粗相をしたそうで悪かった」
と、見送りに来た宗茂が、いつも通りの爽やかな顔で告げた。
宗茂に会ったら何か伝えたい事があったような気がするが――――頭痛の波に引き込まれて、はこめかみを押さえた。
「これは秀吉殿に、こっちはあの性悪軍師に渡してくれ」
二通の文を受け取って、は不思議そうな顔で宛名を見やった。
秀吉宛のものには宗茂の名が、半兵衛宛のものにはァ千代の名がしたためられている。
ァ千代からの文と言うものに何か悪い予感がしたが――――昨日の記憶を呼び起こそうとすると、何故か頭痛が襲ってきてそれ以上思い出せないのだった。
まぁ、ァ千代さんなら、変なこと書いてないよね――――
犬猿の仲である宗茂と違い、あの二人はそこそこ上手くやっているはずだ。
分かりました、とは承諾すると、宗茂に未だ寝込んでいるァ千代にくれぐれもよろしくと伝え、彼らの元を辞去した。
end
ギンちゃんは何だかんだ言って宗茂に惚れてるといい。
でも、極度の恥ずかしがり屋さんなので、
言い訳する時はいつも父上が決めたからで逃げる。