恋花 02
数日の旅路を経て九州に到達したたちを、ァ千代は上機嫌で迎え入れた。
以前、元就の隠居部屋で会ってより、ァ千代は何かとの事を気にかけている。
自分と同じように戦場を駆け巡る女軍師の事を、一端の武人として認めているようだ。
もっともの上げる武功は、自らの武に頼むものではなく智謀によるものではあるのだが、それも軍師の度量の一つであり、現に子飼い達の姉分として幅を利かせている事に感心しているようである。
厳密に言うならばそれは軍師としての能力ではなく、幼い頃から教え込んだ調教の賜物のようなもの――――ではあるのだが立花はそのような瑣末な事情は気にしないようだった。
何はともあれ数ヶ月ぶりの再会を互いに喜び、まずはゆるりと旅の疲れを癒せ、とたち一行は立花家の秘伝の湯に案内されたのである。
「ん〜、極楽、極楽」
岩場にもたれぐいっと伸びをすると、頭上には丸い月がぼんやりと浮かんでいた。
美濃や尾張にも温泉はあるが、やはり本場の湯と言ったところか。秘湯と称すだけあって他に入浴客はおらず、湯も月も独り占め出来てしまう。
月を仰ぎながらゆるりと温泉に浸って、燗の入った酒を一杯――――なかなか乙なものである。
「こういうのも、たまにはいいものだろう」
と、徳利と猪口が載ったたらいを自分の方に引き寄せて、ァ千代はこくりと酒を煽った。
お前も飲めとばかりにたらいを回されて、も酒の注がれた猪口を取った。ねねに酔うとタチが悪いからほどほどにと言われており、ちびりちびりと舐めるように飲む。
だが、温泉の熱気が助け、少量の酒気でも頭がくらくらしてしまう。
ほうっと、赤い顔でため息をつくと、なんだか艶かしい吐息が漏れた。大分酔いが回っているらしい。
虚ろな目でァ千代の方を見ると、さすが立花の名を負う者は酒にも強く、一切乱れた風がない。
ところで、とァ千代が口を開き、は視線をそちらに向けた。
「お前の相手はどの男なのだ?」
「相手……?」
「男を三人連れて来ただろう。あの中にお前の伴侶となるべき男がいるのではないのか?」
伴侶、と言う言葉に思いの外反応してしまい、は盛大にむせた。もう少しで酒の入った猪口を取り落としそうになりながら、は違う違うと首を横に振った。
「あ、あの子達は兄弟みたいなもので、別にそういうのじゃ……」
「では、あの顔色の悪い軍師か? それとも小さい方か?」
立て続けに候補を挙げられ、は目をきょときょとと泳がせた。
「ええと……」
「そうか、小さい方なのだな」
何を根拠にしたのか分からないが、ァ千代は一方的に断定した。は大げさなほど首を横に振り、違います、とそれを否定する。
「その……軍師として、とても尊敬できる方だから……憧れみたいなもので……」
官兵衛と共に両兵衛と称される稀代の名軍師。一見何気ない振りを装いつつ、そのくせすべて計算し尽しているその智謀に、憧れたのは事実。
近づきたいと思った。
彼の人と同じように縦横無尽に策謀を巡らせ、戦況を掌に収めたいと。
あの人のような軍師になりたいと、ずっと思いながら側で軍略を学んだ。その距離は未だ近づいたようには思えないけれど。
「私の目標なんです。半兵衛様も、官兵衛様も、私に無いものをたくさん持っていらっしゃるから」
の言葉にァ千代はふうんと、曖昧な返答をした。詰まらんとでも言いたげな顔である。
は苦笑を零して、それに……、と付け加えた。
「半兵衛様のこと、実はよく知らないんです。ご自分のこと、あまり話されないから」
どんな食べ物が好きとか、どんな季節が好きとか――――何も知らないのだ。
どんな色が好き? どんな花が好き? どんな唄が好き? どんな空が好き?
どんな――――女の子が好き?
「え……?」
何気なく口にした己の問いに、思わぬ言葉が含まれており、は驚きの表情を浮かべた。
ァ千代はわずかに笑んだようだった。
馬鹿だな、と呟く。
「馬鹿だな、お前は。それは恋と言うのだ」
はきょとんと目を丸めて、ァ千代を見返した。それはとても――――間抜けな顔をしていたに違いない。
呆然と目を見開いた顔は見る見るうちに赤く染まり、思考は混乱の渦へと飲み込まれていく。
「まさか、」
言いかけた瞬間――――
どかんと強大な音が響いて、浴場を囲っていた垣根が外れた。
大きく穿たれた穴から子飼い達が折り重なるようにして姿を現し、
「なっ、えぇ……!?」
が悲鳴を上げるよりも早く、ァ千代の放った稲妻が三人を黒焦げに仕上げていた。
end
温泉といえば覗きは鉄則……
そのためだけに、付いてきたようなもの(笑)