腕を組んだままの姿勢で、放たれたその言葉。表情は険しく、眉間に刻まれた皺が、決して自分が歓迎されていない事を伝えている。
「お前に会いに来たわけじゃない」
と、立ち塞ぐように立ったその肩を押しのけて、中にずかずかと上がりこむと、不思議そうな顔で見上げた少女と視線が合った。
ちょっと! と後ろから性悪軍師が背中を小突いてきたが、それを無視して懐から書状を取り出した。
「お前にだ」
差し出すと、少女は戸惑いながらも手を伸ばした。
「ちょっ、に変な物渡さないでくれる? 、早く捨てて捨てて!」
「黙っていろ」
ごちゃごちゃと煩い小柄な男を一喝して、読めと顎をしゃくって促すと、はおずおずと書を開いて書面に視線を落とした。
しばしの間。
書を読み終えたのか、やはり戸惑ったような顔でが顔を上げた。
「ええと……」
困ったような顔で、官兵衛、半兵衛、そして眼前に立つ宗茂を眺め――――
「嫁がお前に会いたがっている。俺と一緒に来い」
差し出された手を、やはり戸惑いがちに見つめたのだった。
恋花
「お土産買って来ますから」
背後から声をかけたが、返答はなかった。
むすっと顔をしかめて文机に頬杖を付く姿は、さながら子供のようで、は胸中でやれやれと苦笑を零してしまった。
宗茂のおとないから一日後、は早々に旅支度を済ませ、官兵衛と半兵衛に暇乞いの挨拶に来ていた。
半兵衛は散々が九州へ行く事を反対していたが、ァ千代に会うのは久しぶりだし、ねねや秀吉も遊びに行って来いと快く許してくれたので、は九州行きを決めたのだった。
だったら俺も行く! 宗茂と二人旅なんて危なくって仕方ないよ! と半兵衛は同行を主張したが、顔色の悪い同僚の軍師に何を寝ぼけた事を言っていると一蹴されて、提案はあえなく却下された。それでも半兵衛が旅路の危険を切々と説いたために、官兵衛は護衛に子飼い達を付ける事にし、事態は半兵衛にとってとても面白くないものへと変貌したのだった。
「おーい、! 早く来ねぇと先に行っちまうぞ!」
玄関先から正則の急く声が響いた。わかった、と返事をして、は書をしたためる官兵衛と、半兵衛の背中に向って礼をした。
そのまま黙って去ろうとしたところ、ぽつりと半兵衛が振り返らぬまま呟いた。
「温泉饅頭」
「え?」
「お土産。温泉饅頭がいい」
ちらりと肩越しに振り返ったその顔は、未だむすっとしかめてはいるものの、土産を無心するその口ぶりはいつも通りで――――はくすりと笑みを零した。
「はい、かしこまりました」
すぐに後ろを向いてしまった半兵衛の背中に丁寧に頭を下げ、はすくっと立ち上がった。
玄関先へ向うと、正則におせーぞ! と声をかけられた。護衛なんか面倒だと文句を言っていたわりには、子供のように遠出にわくわくしているらしい。三成と清正も初めての地へ行くのはそれなりに嬉しいのか、早くしろなどと急かしつつ満更でもない表情を浮かべていた。
そう言えばこんな風に、四人で遠出するのは初めての事かもしれない。
何かあればねねや秀吉が一緒だったし、も官兵衛や半兵衛と別行動を取る事はほとんどない。
二週間程度の旅だが、たったそれだけでも心細く感じてしまうのは、自分が心から彼らに依存している証だろうか――――
はもう一度、屋敷の方を一瞥し、皆に遅れないよう馬を走らせた。
やいのやいのと騒がしい玄関先へと向って足音が遠ざかっていくのを、半兵衛はただ聞き入っていた。やがて足音は聞こえなくなり、玄関先が一際大きくざわめくと、そのざわめきさえも次第に消えていった。
行ってしまったのだと知ると同時に、半兵衛はがくりと文机の上に突っ伏した。
「あーあ、行っちゃった……」
いつまでも子供のように拗ねるつもりはないのだが――――が自分より宗茂を取ったようで、どうにも気に食わない。
こんな風に、子供のように駄々をこねるのは格好悪いと分かっているのだが……
「俺、心狭いなぁ……」
半兵衛の言葉に、何を今更と官兵衛が呟く。
はっきり言われてしまえば言い訳も出来ず、半兵衛はばつが悪そうな顔で再びぐったりと文机に突っ伏した。
end
恋話と花をかけて、恋花です。
ひよ様、素敵なリクエストをありがとうございました!