続・過保護軍師03
「それらしい人いなかったね」
鍛冶屋へと向う途中、は残念そうな顔で呟いた。
左近の言う甘味処で時間を潰す事、二時間。それらしい人物は現れず、世間話を装った聞き込みからも有力な情報は得られなかった。
そもそもが左近の嘘なのだから、それもそのはず。だが、は務めを果たせなかった事に、消沈しているようだった。こういう所は根が真面目なのである。
一方、三成は――――結局、が甘味処の品書きを片っ端から平らげる間、一言も核心に迫るような言葉を告げられずにいた。
黙りこむ三成を間者を見つけられなくて落ち込んでいると勘違いしたのか、
「ま、しょうがないって」
と、が慰めるようにその肩を叩く。
「一緒に出かけられて楽しかったし、それで良しって事にしよ?」
「……」
ただの慰めの言葉に過ぎない。の言葉には、それ以上にもそれ以下にも意味がないのだ。
だが、この瞬間を逃して、他に想いを告げられる時があるだろうか。
三成は正面からと向かい合うと、その手を両手で握り締めた。
ん? とが怪訝そうな顔で小首を傾げる。
「、聞け。俺はお前に伝えたい事が……」
ある――――と、続けようとした時だった。
三成の視界に、この場に相応しくない――――だが、よく見慣れているものが入り込んでいた。
奇妙にでっぱった頭部。黒づくめの目立つ装束。袴の腰辺りに両手を突っ込んで、肩を怒らせて歩くチンピラのような独特な歩き方。
なぜ、よりによってこんな所に――――
三成は思わず舌打を打ちそうになるのを懸命に堪え、そのままの手を握って回れ右をした。
が、間合い悪く、頭部のでっぱった青年が三成との存在に気付き、おおいと遠くで手を振る。
「ねえ、誰か呼んでない?」
が訝りながら振り返ったその瞬間――――
ターン! と甲高い銃声が城下に響いた。
青年は人ごみの中に卒倒し、の視界から消える。
「、こっちだ!」
三成は銃声の音と共に、の手を握り走り出していた。
「え? でも、三成、銃声が……」
「いいから走れ!」
誰が撃ったか知らないが、それが正則に命中したのは好機だ。
あの馬鹿の事だからこれ位じゃ死なないだろう、と何気に酷い事を考えながら、三成は不安そうに後ろを振り返るを強引に引っ張って走る。
廻廊のように入り組んだ裏道を走り、人気のない袋小路に飛び込むと、がもう走れないとばかりにぐったりとその身を塀にもたれさせた。
「三成っ……一体、どうしたの?」
未だ肩で息をしながら混乱する。
同じく息を弾ませながら、三成は深い呼吸を繰り返すをじっと見つめた。
茜色の西日を受けて、の瞳がきらきらと輝いている。赤みが差した頬や、光を受けて輝く髪に目が奪われ、自然と鼓動が早くなる。
伝えたい――――
この想いを、言葉にして、に知ってもらいたい。
三成は今度こそ想いを伝えるべく、の両肩に手を置いた。
「よく聞け。俺は……」
「うん」
「俺はお前の事が……」
「うん」
「ずっと、好……」
「断る」
その瞬間、まるで地獄の底から響くように低い男の声が、三成の渾身の告白を遮った。
驚いて振り返った二人の視線の先に、逆光を受け黒い影となった男の姿があった。その人影はこつり、こつりと具足を鳴らして二人に近寄ると、バリッと音がしそうなほどに強く、二人の密着した身体を引き裂いたのだった。
「城下で発砲騒ぎがあったと聞いて駆けつけたが、よもやこの私を謀ろうとは」
冷淡な口調のまま、男が三成との間に割って入る。
ちょうどを背後に守るような形で三成に対峙すると、
「お前は鍛冶屋へ向い任を果たせ」
と、振り返らぬままに告げる。
「でも、官兵衛様……」
「いいから行け」
有無を言わさぬ官兵衛の言葉に、は意味が分からないまま渋々とその場を離れた。納得はいかないが、官兵衛には逆らえない。それがにとっての掟なのだ。
そのが十分に離れた事を確認すると、官兵衛はおもむろに妖気球を掲げ、
「私の目を盗み、逢引とは小賢しい」
漆黒より黒き闇を背負って、告げる。
「ま、待て! 官兵衛殿、これは誤解だ!」
「卿が下心を持ってあれに近づいた事に、一体どんな誤解がある?」
「下心ではない! 俺はただ……純粋にの事を想っているだけだ!」
「ほう。純粋な恋心と下心にどんな違いがあるか、ぜひともご教授いただこう」
三成はぎゅっと拳を握り締め、睨み返すように官兵衛を見やった。
この恋心は誰にも否定させない。どれだけ長い間、ずっとを想って来たのか、下心などという言葉で済まされていいはずがない。
「俺は……」
「俺は?」
おうむ返しに聞いてくる官兵衛に、真剣な眼差しをぶつけ、
「俺は……真剣にとの子供が欲しいと思っている!」
その瞬間、高らかに宣言した三成と、じっとそれを聞き入る官兵衛の間を、得も言えぬ沈黙が支配したのは言うまでも無い。
官兵衛は無言だった。表情も変えず、怒っているのでも、笑っているのでもなく、ただいつもの不機嫌そうな凶相のまま――――静かに、手にした妖気球に力を込めたのだった。
「子供が欲しいって馬鹿ですか、殿は」
痛みに軋む身体を引きずるように動かしながら、左近は溜息と共に告げた。すぐさま、うるさい! と、同じようにボロボロになった三成が噛み付くように叫んだ。
「真剣にとの将来を考えていると、俺は言いたかったのだ! それをあの冷徹軍師め、不埒な妄想で穢すななどと……!」
「だったらそう素直に言えばいいんですよ。それを変に端折ったりするから……」
もっとも、仮に素直に答えたとしても、きっと結末は変わらなかったのだろうな、と左近は密かに思った。
そもそも、官兵衛を騙してを勝手に連れ出した時点で、二人の罪状は確定していた。
「だいたい街中で銃を撃つお前が悪い! お前が余計な事をしたせいで、官兵衛を呼びよせてしまったのだぞ!?」
「あの時は他に方法が思い浮かばなかったんですよ。それとも正則さんに見つかって、もっと話がややこしくなる方が良かったですか!?」
だいたい、三成がさっさと甘味処で想いを伝えていれば、事はもっと簡単に済んだのだ。
それを二時間もああだ、こうだ、と悩んでいるから、余計な面倒を招く事になった。
「殿はもしかして、とんでもない大馬鹿ですか?」
「黙れ。馬鹿に馬鹿と言われるほど、腹立たしいものはない」
お互いに殿は馬鹿だ、馬鹿は貴様だ、と相手を貶めながら、二人仲良く帰路に立つ。
二人が過保護軍師・官兵衛を打倒できる日は、まだまだ遠い。
end
官兵衛殿は神出鬼没です。