開口一番、そう言い放った。
主君を虫けら呼ばわりとはいい度胸だな、と三成は米神に青筋を浮かび上がらせたが、爆発寸前の所でで待ってくださいと左近がそれを制す。
「いや、虫けら以下、とあえて言わせていただきましょう。庭先で焼いていた秋刀魚をかっぱらっていくドラ猫、せっかく孵化させたひな鳥を掻っ攫うハゲワシ――――それにすら値しないのです」
「ほう。貴様は金輪際、俺からの禄は要らんという事だな?」
「ま、ま、ま。これがある人物から見た、殿の評価なんですよ。あの人はお嬢さんに付きまとう男は、禽獣どころか害虫ぐらいにしか思っていません。見かけたら叩き潰す。それだけなんです」
だからこそ、その振り上げられた拳に容赦などない。左近は先ほど見た庭先の惨劇を思い出しながら、三成に切々と自分たちの敵について語って見せた。
三成の懸想するは、官兵衛にとって弟子のような関係にあたる。決して口にはせぬが手塩にかけて育てた愛弟子であり、官兵衛は常にの後見人として庇護して来た。
師であり、父であり、兄であり、それだけであるならば美しい師弟愛なのだが――――その庇護は、ある一点においてのみいささか度が外れている。
に少しでも恋愛感情を抱こうものならまるで危険思想を抱えたテロリストのように排除し、如何わしい行為に及ぼうものなら大罪人のように断罪し、偶然触れ合っただけでも天災が訪れたように手を下す。
つまり、どんな状況下であろうと、弁解、反論、抗議を一切する暇を与えず、徹底的に潰す。それだけなのだ。
「良いですか。敵は殿の事を人間だと思ってませんよ。ならばこちらも、官兵衛さんのことは鬼か何かだとでも思い、対抗するしかないのです」
そこまで言われると、さすがの三成も気分が重くなってきた。
確かに官兵衛の断罪――――今日の半兵衛に課せられたのは、さしずめ宙吊りの刑だろう――――を何度も目にして来たし、自分も鬼の手に殴られた事なら一度や二度はある。だが、直接的な集中放火を受けたことはなく、三成が何かやらかした時も左近がうまく場を収めていてくれたのだ。
だから、今までそれほど恐ろしいと感じた事はなかったが――――
「甘いです。死ぬ覚悟がなければ、永久にお嬢さんには手が届きません」
「そ、そうか?」
「これから行う作戦は、正面きって官兵衛さんへの宣戦布告です。死ぬ気でかかってください」
いつになく真剣な左近の眼差しに、三成はごくりと唾を飲み込んだ。
「策はあるのか?」
尋ねた三成に、左近は不適な笑みを向ける。
勿論、と自信ありげに笑って、
「我に策ありです」
続・過保護軍師02
「三成、待った?」
声をかけられて、はっと我に返る。
振り返ると、薄紅色の着物を纏ったが、仕度を終えてそこに立っていた。
普段見かける簡素で地味な色合いの小袖とは違う。髪にはちゃんとかんざしを挿し、薄く化粧もしている。
思わずその姿に見蕩れていると、が恥ずかしそうにはにかんで見せた。
「おねね様に手伝ってもらったんだけど、こういう格好、あんまり慣れて無いから……変かな?」
小首を傾げて尋ねるに、三成は馬子にも衣装だなとつい皮肉で返してしまう。本当は素直に綺麗だと褒めたいのに、不器用な三成の口からはとてもそんな事は言葉に出来ない。
だが、はそんな三成の性格を分かった上で、そう、と微笑み、三成の手を取った。
突然触れられて三成は仰天したが、は怪訝そうな表情のまま三成の手を引いた。
「だって、恋人っぽく見えなくちゃいけないんでしょ?」
そうなのだ。
左近の策あり、とはに三成の恋人の振りをさせる事だったのだ。
「甘味処に間者が出入りしてるなんて初耳だけど、確かに盲点だよね。女の子連れじゃなくちゃ、普通男の人は入らないもん」
嘘だ。
左近の適当にでっち上げた嘘だ。
を信じさせるために、城下の甘味処に間者が出入りしているらしいと、これ見よがしな嘘をついたのだ。
『さっそく調べに行きたいのはやまやまですがね、男だけじゃあ警戒されちまってよくない。で、ここは一つ、協力してくれませんかね?』
つまり、恋人を装って甘味処を調べて来て欲しい、と言うのだ。
そんな話など聞いた事がないは初め怪訝そうな顔をしていたが、官兵衛さんからの遣いのついでに、と試作品の件を頼まれると、今度はあっさりと快諾したのだった。
どうにも、この娘は物事の優先順位というのが、常に官兵衛が上位に来るよう出来ているらしい。
それを見越して試作品の依頼を官兵衛から受けていたわけだが、そのあまりの変わり身の早さに左近は密かに苦笑を漏らすのだった。
『ま、そういうわけで殿と二人で行って来てくださいよ。ああ、格好はそれっぽく頼みますよ。なんてったって、恋人同士なんですから』
にやりと笑った左近の笑みの意味を、は正しく理解しなかっただろう。
だが、そんな事はどうでもいい。
仮初だろうが、嘘だろうが、何だろうが、と恋人のようになれるのなら、そんな事は些細な問題に過ぎないと、三成はひと時の幸せを噛み締めたのだった。
幸せそうに手を繋いで歩いていく二人の背中を、左近は草葉の陰から見守っていた。
これで一先ずは第一関門突破と言った所だろうか。
が変に勘ぐらないで良かった。と言うか、官兵衛から試作品の件を受けておいて良かったと思うべきか。
だが、無事二人を送り出しはしたものの、まだ気を抜く事は出来ない。
今回の目標は恋人の振りから、うまく本物の恋人へとなる事なのだ。
官兵衛の妨害が無いとは言え、超絶鈍感なにうまく三成の好意が伝わるか怪しい。その上、主と来たらこちらが恥ずかしくなるほどの不器用なのだ。
告白など、ただ相手の目を見て、好きだ、と一言告げるだけで良いと思うのだが――――
「うちの殿は肝心な所でやらかすからなぁ」
誰に言うともなく左近は独り呟くと、まるでひな鳥を抱える親鳥のような心地で、二人の遠ざかって行く背中を見つめたのだった。
end
左近も官兵衛に負けず劣らぬ過保護軍師。