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「殿はもしかして、とんでもない大馬鹿ですか?」
「黙れ。馬鹿に馬鹿と言われるほど、腹立たしいものはない」
 軽口と呼ぶにはいささか険を含んだそれに、三成もまた顔をしかめて返した。毒を毒で制す――――とは言うものの、とうてい二人の毒舌から放たれた掛け合いは毒素をより深めるばかりで、何の進歩にも救いにもなりはしない。
 いいや殿の方が馬鹿です、馬鹿は貴様だ、と互いに相手を貶めながら、二人は足を引きずって帰路に立った。
 さて、そんな馬鹿二人が惨めな姿に変貌した経緯は、一つの悲鳴から始まる――――




続・過保護軍師





 断末魔にも似た悲鳴を、左近は軍師たちの執務室へ向う道すがらに耳にした。
 何事かと庭先に降り立って声のした方へ進むと、松の木の枝から逆さ吊りにされた白い軍師と、その白い軍師をまるで猫じゃらしにじゃれる猫のように、ぱしぱしと叩く鬼の手が視界に入った。
「ぎゃあああああ、ごめ、ごめんってば、官兵衛殿! もうしない! もうしないから、ゆる……、ちょっ、せめて謝罪くらい聞いてよ!!」
 何とも珍妙な風景。
 松の根元に佇む黒衣の軍師は、無感動な表情で振り子のように虚空を激しく揺れる半兵衛を見上げている。
「卿は変質者か」
 官兵衛の冷ややかな声。
 違うよ、軍師だよ! と木の上から抗議の声が上がるが、すぐさま官兵衛の冷たい声によって遮られる。
「黙れ。卿のような不埒な人間など、識者と呼ばぬ。百歩譲っても、変態という言葉を冠するべきであろう。この変態軍師が」
 淡々といつもの口調で放たれるが、官兵衛には珍しく侮蔑の言葉が交じっている。本当に怒っているのだろう。
 何があったのかは分からないが――――何となく、想像が出来てしまう。
 官兵衛がここまで怒る原因と言えば、以外に思い浮かばない。
 大方、官兵衛の目を盗んでちょっかいを出した所を見つかり、こうして仕置きを受けているのだろう。
 覗きか、盗撮か、はたまた夜這いか――――
 罪状をあれこれ考えていると、まるで左近の心中を読んだかのように官兵衛が答えた。
「間接キスだ」
「は?」
「間接キスだ。同じ茶碗で茶を飲んだのだ、このケダモノ軍師は」
 見事に間抜け面を晒した左近に向って官兵衛は繰り返し半兵衛の罪を告げると、忌々しげに木の枝にぶら下がった半兵衛を睨みつける。
「ごめんよ、官兵衛殿〜。知らなかったんだよ、本当だよ〜! が使った湯飲みだって知ってたら、もっと味わ……じゃなくて! 本当に知らなかったんだって!」
 だから許してよ〜、と半泣きになりながら許しを請う半兵衛だったが、官兵衛は怒りが収まらないのか、むしろ先ほどよりも早い速度で縄を揺さぶった。
 その度に半兵衛の口から漏れる悲鳴が、ぐわんぐわんと揺れるように間延びする。
「間接キス、ですか」
 まあ気にする人間は気にするかもしれないが、何だそのくらい、と流すのが普通ではないのか――――左近は思わず自問してしまう。
 官兵衛がに甘い、というかに近寄る男共を害虫としか思っていないとは知っていたが、これは恐るべき過保護である。間接キスでこの仕打ちと言う事は、もし左近が三成の命で密かにの姿を隠し撮りしていると知れたら、一体どんな報復を受ける事か。
 考えただけで背筋が凍る。
「それで。卿は何か用か?」
 大車輪なみの回転で半兵衛の身体をぶんぶんと回しながら、官兵衛が視線だけを左近の方に向けた。
 そこでようやく、左近はこの仏頂面の軍師に所用があった事を思い出した。
「ああ。鍛冶屋から連絡がありましてね。鉄砲の試作品が出来たから、取りに来てくれって」
「そうか。明日、城下へ下りた際に行こう」
「明日、ですか?」
 官兵衛ほどの軍師ともなれば、多忙であるのも重々承知しているが――――どうやら多忙の理由は、とても個人的な事のように思えてならない。
 つまり、今日一日は半兵衛を許す気はない、という事だ。
 これさえなければ良い軍師なのになぁ、と自分の事は棚に置き左近はやれやれと肩をすくめた。どうして軍師には変わり者が多いのか、これは日の本共通の謎である。
 と、一旦は背を向けかけた左近だったが、ああ、と思いついたように声をあげ、官兵衛の方へと向き直った。
「忙しいなら俺が行って来ましょうかね」
「卿が……?」
「ええ、暇ですから」
 朗らかに笑う左近の顔を官兵衛はしばし怪訝そうに見つめていたが、やがて松の木の方へと顔を向けた。
 まだまだ許す気がないのか、半兵衛の身体は両足を縄で縛られたままぐるぐると回っている。
 そちらに意識を向けながら、
「では、卿に頼むとしよう」
 了承の言葉を得て、左近はにんまりと笑った。
「ええ、任せてくださいよ」




end


「違うよ! たとえ変態だったとしても、変態と言う名の軍師だよ!」
半兵衛先生の反論(by.ギャグ漫画日和)

ひよ様、お待たせいたしました!
「過保護軍師」の続編です。
官兵衛が過保護、半兵衛が変態(?)、三成がさっそく不在ですみません。
お楽しみいただけると幸いです!