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過保護軍師・後編





 甘味を好む半兵衛に対して、官兵衛が意外と酒を好むことを左近は早々に見抜いていた。
 と言ってもその発見は偶発的なもので、最初に酒を持って来たのも、左近が主とする三成の無礼を詫びにやって来たのがきっかけだった。
 三成が官兵衛の弟子であるに想いを寄せているのは周知の事実、その事を知らぬのは真っ直ぐだがどこか不器用な三成と、官兵衛によって超絶鈍感に育てられたくらいのものだろう。
 そんな二人が恋仲となれるよう、左近は影となり色々と三成を助けて来たつもりだが、なかなかその恋が成就する事はなかった。
 原因の一つは三成本人にある。
 主は整った顔に似合わず意外と純であり、色恋沙汰に免疫がない。免疫がないくらいなら可愛いものだが、どこか感覚がずれているのである。
 普通にやれば失敗などせぬところで、あえて相手を怒らせるよな事を言ってしまう。良かれと思ってした事が、逆の結果に結びつく。
 それはそれは、哀れになるほどの不器用。生きにくい性格なのだ。
 そしてもう一つは、の後継人にして羽柴軍きっての最恐軍師、官兵衛なのだった。
 自分も大分三成には甘い方だと思うが、官兵衛の過保護っぷりはその上を行く。直接的に甘やかすという事は少ないが、見えない場所での露払いは驚異的といわざるを得ない。
 つまり、に不届きな想いを抱く者あらば、即座に近づき排除する。告白する、盗撮する、事故を装って身体に触れようとする――――と、何処からともなく神速の鬼の手が現れて、の視界に入らぬ所で徹底的に叩き潰されるのだ。
 比喩ではない。あの鬼の手が垂直に叩き落され、文字通りぺしゃんこにされるのである。
「官兵衛殿の索敵能力は半端ないからなぁ」
 と、血だらけで笑いながら言っていたのは、どこかの白軍師で彼はその手の常習犯だった。
 そういえばここ数日、姿を見ていない。よもや何処かでお星様になっているのではないか――――と左近は案じたが、それを口にすると藪蛇になりそうなので忘れる事にした。
 そんなわけで、官兵衛の鉄壁の守りもあり、なかなか二人の仲は進行しない。
 ならば、将を射んと欲すれば先ず馬から、とばかりに度々こうして酒を片手にご機嫌伺に来ているわけなのだが、なかなか陥落出来ずにいるのである。
「出会い頭に女子を押し倒すとは、卿はどういう教育をしているのだ」
 酒をちびりちびりやりながら、官兵衛が顔をしかめて苦言を呈した。
「いや、それは誤解なんですがね」
 と言いつつも、左近も三成の奇行を完全にかばう事など出来なかった。
 あれはおそらく――――意を決して告白しようとした矢先、力みすぎて勢い余って押し倒してしまったのだ。
 それで直ぐさまどけば良かったものを、に覆い被さるような格好で、十秒ほど思考を停止してしまったばかりに、官兵衛に有害物認定される羽目になった。
 一瞬にして地面に叩き込まれた三成の姿を、草葉の陰から覗いていた左近は憐憫と驚愕の眼差しで見守っていた。
「まあ、官兵衛さんにしてみれば、うちの殿なんかは害しか無いように見えるかもしれませんがね……あの人はあの人で必死なのですよ」
 それこそ見ている人間が不憫に感じるほどに、三成の片想いは健気でいじらしく、そして空回りしているのである。一向に結ばれる気配のない主の事を、左近が心の底から案じ応援したくなってしまうのも仕方あるまい。
「卿の言いたい事は理解している」
 おや、と左近は片眉を上げた。
「あれをあのように育てたのは私だ。さぞかし卿らは苦労するであろうな」
 冷徹な過保護軍師と思いきや、官兵衛は官兵衛でに焦がれる男達の事を哀れに感じているのかもしれない。
 どんなに想いを重ねようとも、の超絶鈍感な思考回路を越えるのは並大抵のことではない。しかも越えた後に待っているのは幸せな結末などではなく、官兵衛の鬼の手なのだ。物語の終焉として、これほど悲惨な終わり方も他にあるまい。
 左近はかりかりと鼻の頭を掻いて、物は相談なんですがね、と切り出した。
「ここは報われない殿のために、一肌脱いじゃ、」
「断る」
 言い終わるよりも早く、官兵衛の拒絶の言葉が放たれていた。
 左近はまるまる一拍間を置いてから、
「殿がいい加減、可哀想に思いませんかね?」
「哀れに思わなくもないが、其れとこれとは別の話だ」
 聞く耳持たぬ、と言わんばかりに有無を言わさず跳ね除ける。
 だが、それで大人しく引く左近ではない。
「何もお嬢さんを下さいって言ってるわけじゃないんですよ。せめてひと夏の思い出をね、」
「断る」
さんだって、そろそろお付き合いの一つや二つ、経験しておいた方がいいでしょう」
「あれにはまだ早い」
「そこを何とか」
 頼みますよと頭を下げたが、官兵衛の決意は固かった。
「そもそも私が見逃したとしても、他の男どもが黙っていまい」
「そりゃ、ま、そうですがね……」
 左近の脳裏に白い軍師を初めとする、銀髪の若武者やら、頭部の出っ張った青年やらの姿が思い浮かんだ。うまく鬼の手をかわしたとしても、今度は彼らの追撃をかわさなければならないのだ。
 何とも前途多難な……
 だが、だからこそ己が力の見せ所でもある。
「ま、だからこそ、俺の軍略も冴えるってもんですがね」
 ほう? と官兵衛が面白そうに唇の端を吊り上げた。
「軍師なら欲しいものは軍略で奪い取る。これなら文句はないでしょう?」
 挑発に乗るように、官兵衛はにやりと唇に笑みを乗せた。面白いと呟いて、なみなみ注がれた酒をがぶりと仰ぎ飲む。
「いずれお宅のお嬢さんをいただきに参りますよ。うちの殿がね」
 左近も応えるように酒を仰ぐと、早速いくつもの策を思い浮かべた。
 さてさて、どうすればうちの殿がお嬢さんを手に入れられるか――――
 ぐびりと酒を仰ぎながら、保護者のような二人の軍師は、それぞれに恋愛軍略の攻防を脳裏に展開させたのだった。




end


当人達とは別の所で、色々と暗躍する軍師たちでした。
ひよ様、当事者達がまったく出てこない話になってしまい、すみません……
続きをご所望でしたらいつでもリクエストを受け付けておりますので、
お申し付けくださいませ。
このたびは素敵なリクエストをありがとうございました!