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 それは光の速さに匹敵する様な神速で――――虚空に巨大な拳が浮かんだかと思うと、まるで釘を打ち付ける様に地面に叩きつけられたのだった。
 悲鳴など上げられようはずもない。
 粉塵を巻き上げて目標が地面に沈んだのを確認すると、官兵衛は静かに呟いたのだった。
「乱世の火種は消すのみ」




過保護軍師・前編





 どうもすみませんでしたねぇ、と済まなそうに苦笑を浮かべながら、顔に刀傷のある男が官兵衛の元を訪れたのは宵の口だった。
 一瞥し左近の姿を確認すると、すぐに興味を失ったかの様に書面に視線を戻す。
 無愛想な顔はいつも通りなのだが――――どうやら歓迎はされていないようだ。僅かな違いではあるのだが、最近になってようやく左近にもこの黒衣の軍師の心の機微というのがわかって来た。
 左近が現れてから、官兵衛の纏う色が深く変わった様な気がする。
 嫌悪ではないだろうが――――これは、遠慮や敬遠だろうか。
 今は卿とは語りたくないと、言外に告げられた気分だった。
 とはいえ、左近とてこのまま、のこのこと帰るわけにもいかない。
 へらへらと笑みを浮かべながらも、部屋の端にどかりと座り込むと、ようやく官兵衛は左近の用向きを問うた。
「私に何か用か」
 用向きなど、とうに分かっているだろうに。でなければ、官兵衛からこんな拒絶を受ける理由がない。
「昼の一件なら詫びは不要だ。私自身の手でカタはつけたつもりだ」
 カタねぇ――――
 四肢を粉砕するが如くの一撃を思い出し、左近は背筋を震わせた。何の前触れもなく、淡々とあんな一撃を繰り出すから、この男は恐ろしいのである。
「そうは言いましてもね、お宅のお嬢さんを傷物にしたのは殿のせいですし、つまり俺の監督不行き届きでもあるわけで」
「勝手に傷物にするな」
 未遂だ、と官兵衛は片眉を上げて主張した。
 ようやく感情らしきものが官兵衛の顔に浮かび、左近は密かに安堵を覚えた。例えそれが怒りだとしても、感情の見えない相手とはやりにくい。それが軍師ともなれば尚更だ。
「本当に申し訳ない」
 左近は深々と頭を下げると、手に携えた一升瓶をすすっと官兵衛の前に差し出した。
 官兵衛は渋い顔でそれを見ていたが、やがて中座すると猪口を二つ持って戻って来た。
「おや、私もご賞味にありつけるんで?」
「客人を前にして独りで飲むわけにもいくまい」
 それを見越して持って来たのだろう――――
 見え透いた策など不要だとばかりに言い当てられると、左近はすみませんねぇと頭を掻きながら二つの猪口に並々と酒を注いだのだった。




end


過保護軍師たちの物語。
ひよ様、素敵なリクエストをありがとうございます!
中途半端な長さだったので、前後編にさせていただきました。
次回、軍師たちの酒盛り。