「阿伏兎。いつものお願いしたいんだけど」
と、まるで按摩か理髪でも頼むように軽々しく言ってくれる。
こちらの応答を待たずに背を向けた少女を前に、阿伏兎は何と反応を返したものかと戸惑った。
ノースリーブのチャイナドレスからすらりと伸びたそれ。
戦場では容赦なく敵を屠り、いくつもの武器を手にするのに、傷ひとつ無い透けるような白い肌に、一体どういう構造をしているのかと首を捻りたくなる。
ほっそりとした指や桜貝のような艶やかな爪先。刀やらマシンガンを持つよりピアノでも優雅に弾いている方が似合うんじゃないかという美しい造詣だが、あいにくこの手は殺人に使われることの方が多いのだ。
その美しい指先を揃えた白い腕がぷらぷらと――――見事に間接が外されて、持ち主の制御の届かぬ無用な器官に成り果ててしまったのを、おそらく当の本人は嘆く事すらしないのだろう。
化物姫+α
「なんでこんなになるまで殴るかねェ」
阿伏兎は溜息を付きながら、のぶらぶらと揺れる腕を手に取った。
様子を探るように動かしてみるが、見事なまでに間接が外れている。おかしな方向に曲げても、痛覚すらも失ったように痛がる素振りすらしない。
「殴ったんじゃないよ。私はただ――――」
「はいはい。斬りかかったってんだろ? 同じ事だっつの」
その光景を直接目にしたわけではないが、どうせ無茶な刀の振り方でもしたのだろう。刀で首をねじ切るとか。胴体を真っ二つにした挙句、縦割りにしたとか。
ともかく、の武器の使い方はめちゃくちゃなのだ。本来のそれの動きや機能と言うのを、一切無視して使いたいように使う。だから、刀を投げる事もあれば、サブマシンガンの銃身で撲殺する事もあるのだ。
それ自体は、まあ個人の好みだから阿伏兎が口を出すような事ではないが――――
なんで加減てモンを学ばないのかねェ。
阿伏兎はため息混じりに呟くと、の肩に軽く手を置く。
治療の邪魔にならないようにと、が繋がった方の腕で髪をかき上げた。
普段目にする事のないうなじから肩にかけての細いラインに、思わず目を奪われる。何も疚しい事などないはずなのに、何かイケナイ事をしているような倒錯した気分になってしまうのは、阿伏兎のせいばかりではないはずだ。
「こういうのは団長にやってもらえよ」
あえて神威の名を出したのは、自分の中のイケナイ感情を押し留めるためで、神威のあの薄ら寒い笑顔を思い浮かべると、小娘へのちょっとした助平心などすぐ吹き飛んでしまう。我ながら分を弁えた良い部下だと思う。
「やだよ。なんだか直すどころか壊されそうだし」
それに関しては――――まあ、同感である。
「ま、治療とか癒しとか、似合わねェしな。どっちかっつうと、破壊とか暴力とか……」
「でしょう?」
は同意を得られて嬉しいのか、クスクスと笑みを零した。
「でも、阿伏兎には悪いと思ってるんだよ?」
「あ?」
「迷惑かけてるなって」
ゴメンね、と申し訳なさそうに呟いて、でもスゴく感謝してると微笑んだに、阿伏兎は少しばかり面食らった。そう思うなら加減を覚えろとか、次回から金取るぞとか、そんな軽口が喉元にこみ上げたが、それは何故か言葉にならなかった。
どうやら自分は照れてしまっているらしい。
「阿伏兎?」
振り返りそうなの頭を手で制して、阿伏兎はゴキっとの外れた関節を戻した。繊細な造詣で出来ているくせに、まるでプラモデルのパーツを力任せに押し込む様な粗暴な方法で治ってしまうそれは、夜兎の名に違わぬ頑丈さで出来ている。
「ほらよ」
「ん、ありがと」
は満足そうに微笑むと、確かめるように繋がったばかりの腕をグルグルと回した。調子が出て来たのか、腰の刀をスラリと抜いてそのままブンブンと振り回す。
ったく、ホームラン王にでもなるつもりですかねェ――――
この調子ではきっと、再び腕をブラブラさせて阿伏兎の元へやって来る日は近い。
ごめんまたいつもの、とはにかむように笑いながら、自分の前であの細っこいラインを晒して、やれやれと肩を竦めながら自分はそれを治して。
まあそんなやり取りも悪くはないか、と思ってしまった自分は、きっと負けてしまったのだろう。
繊細な身体で大胆にぶっ壊す化物姫の姿に、心を奪われてしまったのだ。
まあ、それが従者の正しい姿という奴に、きっと違いない――――
end
rikuさん、大変お待たせしました!
照れる阿伏兎……という事でしたので、『化物姫』の別verで書いてみました。
今度は脱臼です(笑)
この度はステキなリクエスト、ありがとうございました!