どうせあのバカップルがいつものように暴れているのだろう。
どうにか普通に睦み合えないもんかね、せめて他人の迷惑にならないように。
と、胸中でため息を漏らしつつ、まあ無理だろうと早々に諦めた。
不器用と呼ぶにはおこがましいほどの傲慢さで、あの大いに感覚のずれた二人は恋に身を焦がしている。そう、それは鮮血や暴力、破壊なくして語ることの出来ない愛情。
殺意と愛情の堺が曖昧な二人にとって、愛し合うこととは殺しあう事とほぼ同意なのだ。
いくら夜兎だからって、何も恋人同士で殺し合わなくたっていいだろうに。
まだ照れ隠しだとするならば、可愛げもあるものだが――――はともかく神威の方はまったく無自覚に違いない。
深く殺意を抱くほど、相手が愛おしくて仕方が無いという困った御仁なのだから。
何はともあれせめて戦艦の中で暴れるなと、また釘を刺さないといけないな、そう思った矢先。シュンと船室の自動ドアを開けて当の団長が現れた。
「真昼間からお盛んなこと……で」
言いかけて、軽口を叩きかけた阿伏兎は絶句した。
あまりに常軌を逸する神威の姿に、口にしかけた文句も喉の奥へと戻っていってしまったのだ。
そう、ぴゅーぴゅーと血の噴出す頚動脈に手をやりながら、いつもの笑みを浮かべて、
「甘噛みされちゃった」
甘噛み
これはジョークなのか? 夜兎風の冗談なのか?
いやいや、落ち着け阿伏兎。この団長が冗談なんて言うタマか? だとしたらこれは本気。え、マジなの?
甘噛みされちゃったって――――だってそういうレベルじゃないじゃん。血ィ、ぴゅーぴゅー出てんじゃん。血だまり出来てんじゃん。
「ねぇ、救急箱ある?」
そう何気なく問われ、ああ、と棚の上の救急セットを放り投げる阿伏兎だったが、その目は景気良く血を噴出す神威の首筋に釘付けになっていた。
何をどう贔屓目に見たら、これを甘噛みされたと言えるのだろう。甘噛みどころか、食いちぎられている。それこそ脈をぶっちぎって出血多量で殺してやろうという殺意でもなければ、こんな荒業が出来るはずがない。
呆然と見ている阿伏兎の視線に気が付いたのか、神威は照れ隠しのような苦笑を漏らすと、
「困ったな。痕できてる?」
痕できてるってレベルじゃねぇぇだろォォォォ!! なにキスマーク付けられたみたいな反応してんだ、このスットコドッコイは!
惚気てんの、馬鹿なの、バカップルなの、と盛大に突っ込みたいのを我慢して、阿伏兎はぷるぷると肩を震わせた。
だいたいその救急セットも、船に備え付けで用意してあっただけで、大して役に立つとは思えない。少なくとも身体中の血液の三分の一を噴出しそうなほどに勢い良く迸っている神威の血を止めるには、明らかに役に立たない物ばかり。
あんたバンドエイドでその傷、止めるんですかい、と突っ込みたいのを堪え、阿伏兎は黙って去っていく神威の背を見守った。今は何も言わずに素直にしているのが得策。下手に突っ込みでもしたら、自分までぴゅーぴゅーされかねない。
さっさとどっか行ってくれ。俺はまだ死にたくねェんだ、と念仏のように胸中で呟いていると――――
「阿伏兎!」
シュンと軽快な自動ドアの開く音をさせて、細身の女が入ってきた。
同じように首筋から血をぴゅーぴゅー迸らせながら、
「救急セット、ここにあったよね!?」
流行ってんのか、それェェェェェ!
もう、言葉に仕様も無い。繊細そうな細い身体に、銀糸のような長い髪、紅玉のような澄んだ瞳と、夜兎の中でも美しい部類に分類されるだろうに――――なんで首筋から血ィ吹き出してんだよ!!
は早く早く、と強請るような声で手を出していたが、傍らに同じように首筋を押さえて救急箱を抱えた神威が居る事に気付くと、カァァッと顔を赤面させた。
そして阿伏兎の方に向き直ると、弁解するように、
「べ、別に、これは歯型とかじゃないんだからね! た、たまたま犬とじゃれ合ってたら、噛み千切られちゃっただけなんだから!」
知るかァァァァァ!!
なんだそのツンデレ娘のテンプレートみたいな弁解は! っつーか、噛み千切られるって、どんなじゃれ方してたら、そうなるんだよ!
どう考えても、お互いにやりましたという状況なのに、はイチャついていたのが――――と、勘違いするのがそもそもの間違いなのだが、恥ずかしいのか、そわそわと挙動不審に視線を泳がせている。
神威はそんなを愛おしそうに――――これも、間違っている。大いに間違っている――――眺め、クスリと笑みを零すと、
「一緒に傷、手当しよっか」
まるでプロポーズの言葉のように、甘い声で告げたのだった。
は端から見ていても明らかなほどに、耳の先まで真っ赤にすると、
「へ、変なことしたら、殺すからね!?」
と、最大のツンデレ台詞を叫んで、神威の提案に応じたのだった。
後は血なまぐさい甘い雰囲気に流されるようにして――――お大事に、と呟いて何故か負けたような気持ちを独り抱えながら、静かに阿伏兎は部屋を辞したのだった。
end
出血バカップル。
盛大に怪我をすればするほど、愛情が深いと勘違いしちゃう人たちです。
阿伏兎も苦労するね!
riku様、このたびは素敵なリクエストをありがとうございました!