三成とヒロインの幼少期の物語です。
子飼いが全員幼名(三成:佐吉、清正:虎之助、正則:市松)です。
たけくらべ
「佐吉のくせになまいき」
縁側で足をぶらぶらさせながらふてぶてしく呟いたに、佐吉は反射的に仏頂面を向けた。
何が“くせに”で何が“なまいき”なのだ、と胸中で毒づく。
「育ち盛りだもん。むしろ遅かったくらいだから、安心したよ」
佐吉の頭の高さに手をやって、背を合わせた柱に傷をつける。ねねがいいよ、と背を押すと、佐吉はようやく解放されたとでも言いたげな顔で柱から一歩退き、振り返った。
柱に刻まれた傷が不揃いな間隔で幾つも残されている。色が付けられているのは、どれが誰のものか区別するためだ。この家では毎年、歳を一つ取るごとにこうして成長の証を刻むように、柱に背丈を記すのだ。
黄色が市松、緑が虎之助、青が佐吉で、ようやく二人のそれに追いついたところだった。そして、少し離れたところにの赤が、三人を見上げるように刻まれている。
「昔は私の方が大きかったのに」
と、は柱の下の方を眺めながら呟いた。
女児の方が成長が早いのは当然で、しかもはこれでも最年長なのだ。同い年の佐吉や、ましてや年下の虎之助や市松に身長で負けるはずがない。
その身長さを用いて、は三人の姉分として絶対的な地位を築いてきたのだが、近年その地位は脅かされつつある。図体ばかり大きい市松などは、と会話する時、わざわざ屈んで見せるのだ。
あーあ、と呟いてはすくっと立ち上がった。
がわずかに顔を上向かせている事に気づき、佐吉はなるほどと胸中で頷いた。
いつの間にかの背丈を越え、見下ろすような形になっている。それがの不満なのだろう。
だが、生理現象に文句を言われたところで、伸びてしまった背丈を戻す事など出来ないし、気を使って腰をかがめでもすれば逆に怒り出しかねないのだ。
そもそも――――と、佐吉はの不満そうな顔を眺めながら思う。
可愛げのない仏頂面をしているが、陰を落とす長い睫毛や桜色の唇を視界に捉え、どきりとした。
顎から喉へ、そして鎖骨へと続く白い首に、夕暮れの日差しを受けてわずかに汗が浮かんでいる。
それがするっと肌を伝うのを見て――――佐吉は何ともいえない、罪悪感に似たような居心地の悪さを覚えた。
「佐吉?」
怪訝そうに小首を傾げるを無視して、佐吉は胸中で繰り返す。
そもそも……先に変わってしまったのは、お前だろう、と。
はっきり言って、に女としての魅力など皆無だと、その時まで佐吉は思っていた。
思春期に入るか入らないかの初心な少年にとって、恋愛だの女だのという浮ついた話はなんだか照れくさく、同時に素直に肯定できない抵抗感を持っている。具体的に言うのなら、女と手を繋げなくなる、女と一緒に遊んでいると馬鹿にされる、橙や桃色と言った暖色系の色を女っぽくい避けるようになる、などなど。
その上、は佐吉にとって幼馴染よりも更に近い関係にあるため、照れ隠し以前に佐吉はを視界の外に置いていた。お前など論外だとでも言うような、その避ける様子は歳の近い姉弟のそれに近かっただろう。
だが、同じ家で育っても、彼らは決して姉弟ではない。そんな分かりきった当たり前のことを、実は頭ではきちんと理解していなかったのだと、その時佐吉は目の当たりにさせられたのだった。
その日、雛祭りの祭祀の準備だとかで、は雛人形のような格好をしていた。もともとその地方には人間雛の伝統があるらしく、年頃の子供たちが毎年、その役を交代で演じるのだった。
ねねは下準備も完璧にね! と祭りの十日も前であるのに、どこかうきうきした表情で衣装合わせやら化粧の準備に精を出していた。男の子は邪魔しちゃ駄目と佐吉たちは締め出しをくらったが、そもそも女児の節句に興味などない。佐吉は読みかけの書を片手に、縁側で一人の時間を過ごしていた。
そんな時である――――
どたどたと煩く廊下を踏み鳴らす音に佐吉が不機嫌そうに顔をあげると、十二単を肩に引っ掛けたが鬼に追われる様な形相で走って来た。
「。お前、廊下を走るなとまたおねね様に、」
「そんな事いいから、匿って!」
は佐吉に飛びつくと、懇願するように佐吉の両手を握った。
「なん――――」
ぎょっと驚いて振りほどこうとした瞬間、背後からの足音を聞き、が先にぱっとそれを放した。そして、裸足のまま地面に飛び降りると、縁側の下に潜り込んだのである。
わけが分からない。
一体なんの遊びだと、佐吉が文句を言おうとした瞬間、足音の主が現れた。
「佐吉、を見なかった?」
と、何人もの侍女を従えたねねが腰に手を当てて立っていたのである。
笑顔だが――――秀吉の家のものは、この押しの強い笑顔に弱い。うっかりの所在を漏らしそうになると、それを察したのか縁の下のが佐吉の足を抓った。どうやらバレては困るらしい。
「いえ、ここには来ませんでした」
「本当に?」
「……本当です」
そういい切ると、ねねは腰に両手をあてたままはぁっとため息をついた。
「まったく、しょうのない子だねぇ。せっかく可愛く仕上げてあげようとしたのに」
「可愛く?」
聞き返すと、ねねは困ったような顔を一変させ上機嫌な顔で、聞きたい? と顔を寄せて来た。
「雛祭りの衣装のことだよう。せっかくのお雛様役なんだもの! やっぱりどの子よりも可愛くなくっちゃね。そう思ってたくさん衣装を用意してあげたのに、あの子ったら……」
はぁっとため息をついて、ねねは手にしたかんざしをくるくると回した。
なるほど。どうやらねねの着せ替え人形になるのに嫌気がさし、逃げて来たという所か。
佐吉は合点がいくと、を見つけたら報告しますとねねに伝え、追跡者たちを退けたのだった。
「おい」
ねね達が十分に離れたのを見計らい、佐吉は片足を縁の下の方へと曲げた。頭のあたりを蹴られ、があいたっと声を上げる。
「そんな所に隠れて衣装を汚したらおねね様に怒られるぞ」
「逃げたところでもう十分、怒ってるよ」
そう言いながら、が縁の下から這い出て来た。ねねが自慢するだけあって、が纏っていたのは銀糸金糸をふんだんにあしらった豪奢な衣装である。十二単を三四枚目までしか羽織っていないが、それでも十分雛人形のような姿である。
もっとも当人はというと、頭の先にくもの巣をひっかけ、頬を埃でよごし、裸足のままという、なんとも雛らしからぬ姿。佐吉は呆れ、お前は馬鹿か、といつもの悪態を思わず口にしていた。
「だってさぁ。佐吉もお内裏様をやってごらんよ。そしたらきっと私の気持ちがわかるから」
「そんなものは一生分からなくていい。それより逃げるなら早くどこかへ行け。ここにいられては迷惑だ」
「はいはい。佐吉は冷たいなぁ」
「一度庇ってやっただけでも十分親切だ」
「うんうん。佐吉は優しいねぇ」
そんな事を呟きながら去っていこうとするの背に、佐吉は待て、と声をかけた。
怪訝そうに振り返るに、佐吉は手を伸ばし髪にかかったくもの巣を払いのけてやった。そして、袖先での汚れた頬をぬぐってやる。
「女なら……少しは身だしなみを整えろ」
しかも、曲がりなりにも雛の格好をしているのなら。
そう告げると、は一瞬驚いたような顔を見せ、それからにこりと微笑んだ。
「ありがとう、佐吉。私ね、」
内緒話をするようにがそっと顔を寄せる。
その瞬間、かぎ慣れない白粉の匂いが香り、佐吉はどきりとした。
薄く紅を塗ったの紅い唇から目が話せられなくなり――――
「こらぁ、こんな所にいた!」
瞬間、ねねの怒号が響き渡り、二人は弾かれるように顔を上げた。
「、衣装を汚しちゃ駄目じゃない! 佐吉、嘘をつく子にはお説教だよ!?」
「や、やばっ……! 逃げよ、佐吉!」
は佐吉の手を握ると、裸足のまま一目散に逃げ出した。
こらぁとねねの怒る声を背後に聞きつつ、佐吉は混乱した頭を抱えと一緒に駆けた。
前を走るの呼吸と白粉の匂いが、胸をどきどきと高鳴らせて、煩くて仕方がなかった。
end
もえみ様、このたびは10000打おめでとうございます!
遅くなってしまい、申し訳ございません……
リクエストいただきました、三成(佐吉)夢でございます。
お楽しみいただけると幸いです!