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1. 突然の夕立ち





「ああ、もう参ったなぁ」
 大粒の雨が降り注ぐ白けた空を見上げながら、がため息と共に呟いた。
 ねねの遣いで街に買い出しにでていた二人を、突然の夕立が襲ったのだった。雨宿りできるような庇もなく、泥水を跳ね上げて山道を走った後、二人が飛び込んだのは崖の真下に穿たれた小さな岩穴だった。
 着物の袖を絞ると、まとまった水滴がぱたぱたと岩肌を叩く。
 秀吉の屋敷までは半里ほど。身一つであれば濡れるのを覚悟で走っても構わないのだが、遣いの品まで濡らしてはねねの大目玉をくらうことになる。胸に抱えるようにして走ったおかげか、幸い風呂敷でくるんだ包みは濡れずに済んだようだった。
「雨が上がるのを待つしかないな」
 三成の提案に、もそうだね、と頷いた。だが次の瞬間、三成の突然の奇行には眉根をひそめた。
「ええと、あの……三成さん?」
「なんだ」
「……なんで服脱いでるの?」
 の目の前にもかかわらず、ばさばさと水を吸った着物を床に放り投げる三成に、さすがのも驚いた。
「雨で濡れたのだ。このままでは風邪をひく」
 なるほど。それは確かにそうかもしれない。
 が、女子であるの前で、恥ずかしげもなく服を脱ぎ始めたこの状況をどう理解したものか。もし相手が親代わりの秀吉や官兵衛なら、ああそうか、とそれだけで納得したかもしれない。逆に半兵衛なら何かよからぬ事を考えているかもしれない、と警戒したかもしれない。
 だが、相手はあの三成。幼い頃より兄弟のように育った青年の姿を、どんな顔をして見ればいいのか。
「……お前は脱がないのか? それともずぶ濡れで男の裸に見入る趣味でもあるのか?」
 無意識のうちに見入っていたのを咎められ、は慌てて背を向けた。羽織を脱ぎ、濡れた小袖も脱ぎ捨てたが、さすがにそれ以上はなかなか覚悟が決まらない。居心地悪そうにしながら三成のほうへ視線をやると、の方をちらりとも見ず完全に背を向けている。
 変な興味など示されても困るのだが、こうも完全に関心がないと、お前の裸などに興味などあるものかと言われたようで、それはそれで腹が立つ。
 一人でやきもきしていたのが馬鹿馬鹿しくなり、は襦袢もするりとその肩から落とした。



 お互い背を向けたまま無言の時が過ぎた。
 沈黙の隙間を埋めるように雨音は鳴り響き、一向に止む気配を見せない。
 ちらりとが振り返ってみても、の居る場所から見えるのは三成の白く広い背中だけで、三成が何を考えているのかそこからは何もうかがえない。
 何度も見たことがあるはずのそれ。幼い頃は衣食どころか風呂まで一緒だったのだから、いまさら恥ずかしがるのが、もしかしたらおかしいのかも知れない。
 しかし、ともすれば女の自分よりも白いのではないかと思える雪のような肌や、細いながらも引き締まった背は、の記憶の中にあるそれとはあまりにかけ離れている。
 まるで見知らぬ青年がそこに居るように、は胸の鼓動が駆け足を始めるのを感じた。
 と、その時、ため息と共に、
「お前は覗きの趣味でもあるのか」
 と三成が零した。
「!?」
 三成はちらりともこちらを向いていない。まさか背中に目でもあるのではないかとが驚いていると、気配で分かるのだよ、と呆れたような声が言う。
「男の裸など見て楽しいものだと思わぬがな」
「べつに……楽しくて見てるわけじゃ……」
「では、なんだ? 珍しいものでもあるまい」
 確かにしげしげと眺めるものでもないかもしれない――――が、見慣れているものでもない。そもそもと三成が一緒に風呂に入っていたのは十年近く前のことで、その間に三成も成長し、の知らない経験の中で男の証を身体に刻み付けてきたのだ。
 もしかしたら、刀傷のほかに、女の爪痕なんてあったりして。
 そんな事を考えたら、ふと意地悪な言葉が口をついていた。
「珍しいよ。三成と違ってべつにモテないしね」
「なに?」
「だから、三成とは違うって言ってるの。三成は女性の裸なんて見慣れてるかもしれないけどね」
 瞬間、振り返らずとも三成が顔をしかめたのが、雰囲気で分かった。おい、と想像通りの不機嫌な顔でゆっくりと振り返ると、音も立てずに立ち上がる。
 はあわてて着物を胸の前でかき合わせたが、三成の目はじっとの顔を凝視していた。
「女の身体に慣れているかどうかなど、どうしてお前に分かる」
「分からないよ。分からないけど、なんか妙に落ち着いてるし……」
「なんだ、貴様。俺に襲われるとでも思ったのか?」
「違うよ! そういう冗談を言いたかったんじゃなくって……」
 言いかけた瞬間、三成の低く掠れた声が、の言葉を遮った。
「冗談だと、なぜ思う?」
「え――――?」
 の雨で冷えた身体を人肌が包み込んだのと、が驚きの声を上げたのは同時だった。





end


おものすごーくありがちネタ。
一昔前のラブコメみたいで、ここで力尽きました。