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5.全部全部、僕だけにしてよね





「清正、この前の戦すごかったね。おねね様も褒めていらっしゃっったよ?」
「お、俺は自分の役割を果たしたまでだ」
「三成もよく前線で耐えたね。官兵衛様の策どおりに進んだのも、三成のおかげだね」
「ふ、ふん。当たり前だ」
「正則はもうちょっと頑張ろうよ。まだまだ本気出してないでしょ?」
「お、おう! 俺の実力はこんなもんじゃねぇよ!」
 屋敷の中を歩いているとそんな声が聞こえた。いわずと知れた三馬鹿の猪武者とだ。
「ま、まあ、俺ならばこの程度、当然の結果だがな」
「あぁ? 敗走ぎりぎりだったじゃねぇか。頭デッカチが」
「うるさいぞ、馬鹿。だいたい正則がもう少し耐えてたらだな」
「あー、俺のせいにすんじゃねぇよ、清正ぁ。俺だってなぁ」
 ぎゃんぎゃんとまるで犬のじゃれあいだ。それをおかしそうに、が口に手をあててくすくすと笑ってる。
 とあの三人は同じ秀吉様の子飼いで、幼馴染のようなものだと聞いている。昔はよく喧嘩もしたらしいが、今ではと三馬鹿というより、三馬鹿同士がを取り合って喧嘩をするという構図の方が多い。
 幼馴染の友情が、一体いつから恋に変わったのだろう――
 それを思うと、柱の影からその光景を見守っていた半兵衛の胸に、もやもやと黒雲が広がる。
 仲がいいのは分かるし、褒めて彼らの士気が上がるならそれは結構だ。
 が、があんな風に笑うのが許せなくて、その微笑だけで別の男の胸を高鳴らせているのが悔しくて。
「な、なあ、この後暇なら俺らと遠乗、」
―!」
 わざと声をかぶせて、を呼んだ。
「半兵衛様……?」
 の怪訝な瞳。と、明らかに邪魔をしやがって、と喧嘩を売るような三馬鹿の目が、いっせいにこちらを向いた。
 勿論、そんなものを気にする半兵衛ではない。知らぬ顔の半兵衛の渾名の通り、そ知らぬ顔での手を取った。
 あああ! と正則あたりから抗議の声が上がる。
「官兵衛殿が呼んでるよ。急いで来てくれって」
「急いで、ですか?」
「そうそう。早くしないと官兵衛殿に怒られちゃうよ? ほら、行った、行った」
 半ば強引にお送り出すようにして、の背を押すと、は戸惑いながらも三人にじゃあね、と別れの言葉を残して去っていった。
 とりあえず、を戦線から退却させる事には成功。
 その背中にひらひらと手を振っていると、
「どういうつもりですか?」
 苛立つような低い声で三成がすごんだ。
 三人にしてみれば、横から姫君を掻っ攫われたのだ。何のつもりだ、と問わぬ方がおかしい。
「何が?」
 あえてとぼけて見せると、三成の獣のような鋭い瞳がさらに鋭さを増した。
 半兵衛は、はん、と鼻でそれを嗤い一蹴する。
 一丁前に喧嘩売るじゃない、この若造共が。
「俺たちとが仲良くしているのが、そんなに気に入らないんですか?」
 と、今度は清正からの非難の声。三成や正則に比べ冷静さは保っているが……手にした片手鎌を 握る手に力がこもっている。
 若いね。若い、若い。
 そんな事を胸中で繰り返しながら、
「そうね。気に入らないかな。強いて言うなら、めちゃくちゃ腹立たしいかな?」
 と、にっこりと微笑んでやる。
 はっきりとした物言いに、三成と清正は言葉を失い、正則はまるで猫が威嚇するように怒髪天の如く髪を逆立てた。
「だいたいね、あの子は俺と官兵衛殿の可愛い弟子なんだよね。だから、変なちょっかい出さないでくれる?」
「ほお……師匠が弟子の交友関係にまで口を出すとは、ずいぶんな過保護ですね」
「いいじゃない、過保護で何が悪いの? 可愛いものを可愛いって正直にいえないほうが、よっぽど難儀だと思うけどね〜」
「あ、あんだよ! おっさんが俺たちの事に口出しすんなよな!」
「ふ〜ん、俺をおっさん呼ばわりするんだ? ま、君たちみたいなガキと一緒にされたくないけど」
 ばちばちと音を立てそうなほど剣呑な空気を纏って互いににらみ合っていると、遠くから物凄い勢いで土煙が巻き上がるのが見えた。
「こらー、喧嘩してる悪い子はどこ〜っ!?」
 と、聞きなれた声と共にそれが向かってくる。
「げっ、おねね様!?」
 一瞬にして三馬鹿たちの表情が崩れる。やはりこの三人にはおねね様が一番効く。予め彼女を呼んでおいたのは正解だった、そんな事を思いながら、
「地の利、人の利、天の利を利用するのは、兵法の基本でしょ」
 半兵衛はにっと軍師の顔で笑ったのだった。




「さて、と。あっちにも釘さしておかないとね」
 見事、ねねの乱入で三馬鹿を制した半兵衛は、次の目標へと歩を進めた。
 自分の読みどおりならば、あちらも半兵衛の事を探しているはずだ。
「お、狙い通りっ!」
 回廊の向こうを歩いていたが、小走りでこちらに駆けて来る。
 半兵衛の前で足を止め、息を整えると、
「あの、官兵衛様が特に用はないと仰っていたのですが……」
 戸惑った顔で半兵衛を見上げてくる。
 そうしている顔も可愛いなと、半兵衛はぼんやりと思った。精巧な人形のように整った顔はどことなく儚げで、伏せ目がちにした瞳を縁取る長い睫毛にため息が漏れそうになる。
 この顔をもっと困らせてみたい。
 そんな嗜虐心と好奇心に魔が差して、
「だって、あれ嘘だし」
 と、半兵衛はさらりと言ってのけた。
「へ…?」
 見開かれる瞳。その動作一つ一つが、いちいち可愛らしい。
 と、反面、こんな表情をいつも他の人間に見せているのだと思うと、なんとも釈然としなかった。
「え、半兵衛様、嘘って」
「そんなことよりさ、気をつけなきゃダメだよ、? 無防備な所も可愛いけど、そんな隙だらけだといつか食べられちゃいそうで、俺心配なんだよね」
 ほら、今みたいに。
「は…、あの、ちょっと」
 戸惑うを無視して、自分の胸に引き寄せるように半兵衛はの腰に手を回す。
「どう? ちょっとは危機感、感じてる?」
 にこりと微笑むと、大きく揺れる瞳と至近距離でかち合った。きっと、まだ事態を上手く飲み込めていないのだろう。
 その状況をこれ幸いにとばかりに、半兵衛はを抱きしめる手に力を込めた。
「ねー、。ちょっと愛想良すぎるんじゃない? 八方美人な真似してると、いつか面倒なことになるよ」
「ちがっ…私は、そんな…」
 指摘されて顔を赤らめる。勿論、意図してないことなんてお見通しだけど、だからこそ危ういのだと知ってほしい。
「そーいうのは、俺の前だけにしておきなよ。笑ったり、怒ったり、泣いたり……その全部、俺だけに見せてよ」
 驚いた顔に笑いかけ、ちゅ、と音を立てその唇を啄ばんだ。
「……え」
 は大きく目を見開いたまま、半兵衛を凝視している。と、はそのままふらふらと後退し、がつんと後頭部を柱に打ち付けた。
 それでようやく自分に何が起こったのか理解したのか、耳の先まで顔を赤らめ、
「え、……え、…えぇ!?」
 そのままバタバタと脱兎のごとく逃げ出した。
 盛大に混乱した表情のまま。一体どこに逃げていくのか。所々に身体を打ちつけながら逃げていく姿を半兵衛は微笑みながら見送った。
「ほんっと自覚なさすぎで危なっかしいんだから。あんな顔も、見せるのは俺だけにして欲しいね」
 と、呟いて。



end


だいぶ初期に書いた話。
みんな初々しいなぁ……