年の差
ひい、ふう、みい、よ、と指を折って数えても、やはりどうしても両の手では足らない。
柄になく、はぁっとため息をついた半兵衛に、官兵衛はなんだと問いかけるような視線を送った。
「卿がため息とは明日は雨か」
皮肉交じりの冗談に半兵衛は恨みがましい表情を向けるが、言い返す気にもなれないのかはぁっと再びため息をついてその場に突っ伏した。
よくは分からないが、鬱陶しい。
「何をぐずぐず腐っている」
叱るように言い放つと、組んだ腕の合間から半兵衛が目元を覗かせた。
文机の上の湯のみを取り、ずずっと啜る官兵衛を見やって、
「俺……ロリコンじゃないよね?」
ぶはっと官兵衛は口に含んだ茶を盛大に噴出した。
真昼間から一体何を言い出すのか、官兵衛は口元を拭いながら眉根をしかめて半兵衛を見やるが、半兵衛はもはや自分の世界の中である。
「俺とってさぁ、一回り以上はなれてんじゃん。家康さんと一個しか違わないし、俺ももう立派なおっさんなんだよね〜」
何を今更、と官兵衛は顔をしかめる。
確かに髭の生えたあの武将面と子供のような半兵衛の顔では、その差がたった一年とは信じられない事実だが、年相応に半兵衛の言動は中年化している。肩など官兵衛以上にばりばりに凝っているし、くしゃみをする時は煩いし、寝ている時にぎりぎりと歯軋りはするし、容姿以外はすでに立派な中年だろう。
「いや、それでもさ、こんな乱世だもん。年の差が十も二十も離れてる夫婦なんて、ごろごろ居るよ? でもさー、俺が元服した時、俺が二十歳だった時、がいくつだったんだろうって考えると……」
はぁっと半兵衛はため息をついた。
なるほど、赤子かもしくは生まれても居ない。
「卿は今年で幾つになる?」
尋ねられて、半兵衛は面倒くさそうに指で年の数を作った。
「三十四、か。あれは十八だ」
その差、十六歳。干支を一回りしても余りある。
「べつにさ〜、ももう十分大人なんだし、引け目を感じる事はないと思うけど」
「そうだな。もし、卿が幼女に対し異常な性欲を持っているならば、私は迷うことなく卿を愚弄するがそういう訳ではあるまい」
慰めてくれているのだろうが――――官兵衛の物言いは、いちいち胸に刺さる。
「だが、やはり中年の男が若い娘を追い回すと言うのは、外聞の良いものではあるまい。卿は節度というものを知らぬから、変質者と罵られたくなくば今後身を引き締めよ」
「かんべー殿。それじゃ俺が変態みたいー」
「前例があるから釘を刺している」
「わかったってば」
半兵衛ははぁっとため息をついて、がつんと額を机にぶつけた。
「結婚したらさー……俺が先に死んじゃうのかなぁ」
祝言の約束さえしていないだろうに、そんな先のことを案じて見せる。
もし余人が同じ事を言えば愚か者と言って一蹴したところだが、半兵衛の病弱な身体を知っているためそうも切り捨てる事が出来なかった。
「案ずるな。卿のあれへの執着は異常だ。その異常な精神力があれば、身体の不調など、」
「あ、〜!!」
柄にもなく、慰めるような事を口にしたと言うのに、半兵衛は廊下の向こうにの姿を見つけるとがばりと起き上がり駆けて行ってしまった。
「ねえねえ、どこ行くの? 俺と昼寝しない? え、買い物? じゃあ、俺も一緒にいこうかなー」
べたべたと、あの落ち込み具合は何だったのだと呆れるほどに、の身体に触れて戸惑わせる。
「俺、城下にいい反物屋、知ってるんだ。おじさんが可愛い着物買ってあげるよ〜。淡い色も似合うけど、雰囲気変えて黒とかさぁ」
官兵衛はぐわっと文机の上に安置した妖気球を掴むと、すたすたと半兵衛の背後に近づいた。
そして鬼の手を呼び出すのでもなく、光の玉で攻撃するのでもなく、そのまま大きく振りかぶり半兵衛の後頭部を殴り飛ばしたのだった。
呻き声を上げて崩れ落ちた半兵衛の頭上に、官兵衛の侮蔑しきった顔が浮かぶ。
「この変質者が」
忌々しげに呟くと、官兵衛は足を浮かせてそのまま半兵衛の顔面を、がすっと踏み付けたのだった。
end
お題が『年の差』なので、通常設定より年の差が開いてます。
普段は10才〜12才差くらいのつもりで書いてます。
(あれ、それでも十分はなれてるね?)