あの人はいつもと代わらぬ姿で、私の前に現れ、いつもと同じゆるい口調で語り掛けた。
『も官兵衛殿も思いつめると一直線だからなぁ。俺、心配だよ』
心配ありません、と自分は答えたのだと思う。
あの方が無理をされぬよう、私頑張りますから――――と。
『そーいうところが心配なんだって。頑張ればなんとなかなる……って、おねね様も言ってたけど、要は加減だからね。度を過ぎた努力は得てして逆の結果を導くものなの』
大丈夫、心配しないで。
私、あなたを心配なんてさせないから。
私、ちゃんとやれるから――――だから、行ってしまわないで。
お願い、側に――――
伸ばした指先は虚空を掴み、私は涙で濡れた瞳を開く。
目が覚めませんように
意識を取り戻すと、私は土の上に寝そべっていた。官兵衛様の足がすぐ側にある、どうやら気を失っていたのはほんの数分の出来事らしい。
「気がついたのなら働け。索敵が途中だ」
「はい」
短く返し、両眼に力を込めた。視界がどんどん加速し、私に敵陣の模様を伝える。
布陣。戦力。伏兵。遠くの天候まで。
私の目にはそれらが同時に膨大な情報となって流れてくる。
だが、ふいにその視界がぼやけた。
なんだろう、と目に手を当てると、いつの間にか涙が溢れていた。
あの人の夢を見たからだ――――
ぼんやりと思う。
戦装束の袖でこすりあげて、何度も試そうとするのに、涙は後から後から溢れ出てくる。
「もうしわけ……ございませんっ」
官兵衛様が呆れたようにため息を漏らした。
ごとり、と地図を広げた机の上に、無造作に短刀が置かれた。
「役に立たぬのなら、お前を生かしておく理由はない。やがて乱世の火種となるならば、この場で喉を突いて半兵衛の元へ行け」
死を賜るというのは、こういう事を指すのかとぼんやり思った。
私の命を救ったのが官兵衛様ならば、私の命を消すのも官兵衛様なのだろう、と。
しばし呆然とそれを見つめてから、私はかぶりを振る。
「いえ、やれます」
両眼に力を込めると、瞳の奥がちりちりと痛んだ。
嗚呼、命が削れて行く――――
無感動に思いながら、私は千里眼を見開いた。
天王山を取った秀吉様の軍には、もはや勝利が目前に見えていた。これも官兵衛様の策の賜物だろう。
仇敵・明智光秀を討ち、秀吉様が天下人となる――――
なんだか実感がわかなかったが、これで皆が笑って寝て暮らせる泰平の世が来るのは喜ばしい事だ。
泰平の世が訪れたら、私はどうしよう――――
今までのように官兵衛様にお仕えする事ができるのだろうか。
それとも、その前に火種の一つとして私も討たれるのだろうか。
私の命は、戦乱の世だからこそ赦されている。あの日、死ぬはずだった私を官兵衛様が救ったのは、私の目が泰平の世を導くのに役立つとお考えになられたから。
もし、泰平の世が訪れたら、私の目は一体何を映せばいいのだろう。
今更、生家には戻れないし、普通の娘のように暮らすことなどできない。
泰平の世をこれほど渇望していたというのに、自分には居場所がなかったなんてお笑い種だ。
自嘲的な笑みを零すと、清正がなんだよ、と呟いた。
「べつに。歴史の行く末に想いを馳せていただけ」
「秀吉様の正念場の戦だ。半兵衛みたいになまけてんなよ」
引っかかる物言いだった。
あの人がただなまけているように見えたのなら、それは清正の目が慧眼ではないという証拠だ。
あの人はいつでも策謀を巡らし、どうすれば戦の被害を最小限に抑えられるかに尽力されていた。一見、無意味に思える行動もすべて計算付くで動いていたというのに。
「清正。私の事を悪く言うのは構わない。でも、半兵衛様のことを馬鹿にするなら……」
知れず両の瞳に力が加わる。
私の碧の双眸を見て、清正がちっと舌打ちし、去っていった。
たったこれだけの事なのに、目の奥がちりちりと痛んだ。このまま目を使い続ければ、私はまた気を失うだろう。
そしてまた、あの人に逢う。
いっそ目なんて覚めなければいい。そんな想いをほのかに抱いて、私は戦陣をこの目で見つめる――――
夢の中で半兵衛に逢った。
半兵衛は生前と変わらぬ、飄々とした風情で私と相対した。
『ねー、官兵衛殿。もうちょっとに優しくしてあげなよ。あれじゃあが可哀想だよう』
開口一番これか。
「卿が甘やかしたから、あれが図に乗る。あれは泰平を導くための道具の一つに過ぎぬ。下らぬ情など不要だ」
『官兵衛殿は分かってないなぁ。本当に道具だって言い切るんだったら、長く使えるようにちゃんと手入れをしなくちゃ。でしょ?』
私に情を振りまけと?
下らぬ、と一蹴すると半兵衛は子供のような動作で、地面を踏み鳴らした。
『あ〜、もう。もっと賢いやり方があるって言ってんじゃん! そんなんだとに嫌われちゃうよ?』
「構わぬ。道具は動けば良い。下らぬ情に振り回され、役目を果たさぬというなら、それは罪悪だ」
それで動かぬようになるならば、もはや価値などない。
乱世の火種となる前に、他の多くと共に潰すまでだ。
半兵衛は納得しかねるのか、深い吐息をついた。
『そんなんじゃ……いつか、きっと壊れちゃう』
構わぬ。
「手段は選ばぬ。それに――――その方が、あれのためにもなるのだろう」
道具は使われるために存在する。だが、使い続ければ道具はやがて壊れる。ならば、壊れるために道具は居るのか。
それが己の宿命と知っているのなら、人が出来るのは壊れるまで道具としての使い続けてやるだけだ。
さび付いて動かなくなるよりは、幾らかよかろう――――
end
なんか落としどころが分からないまま、閉じます。
官兵衛の「山崎の戦い」をプレイしてたら、殺伐な話を無性に書きたくなってしまった。