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盲目のプロセルピナ17





 死ねば永遠に自分のものになる。
 痴情のもつれで迎える殺人の、幾つかの理由がそれに当たると聞くが、杳馬にはさっぱり理解できなかった。
 死ねばそこに残るのは屍だけだ。気持ち良いことも、何も出来ない。ネクロフィリアでもなければ、生きてて動いている方がいいに決まっている。
 だが、アローンがの首を絞めたのは、それとは別の理由だった。
 別の男にの純潔を奪われたくない。純粋な独占欲と、死のほかにを救う手立てを思いつけなかったこと。人間の少年ならば、きっと理由はこの二つ。
 だが、すでにハーデスの器として目覚めかけていた彼の理由は違った。
 死ねば永遠に自分のものになる。そう、冥王である自分のものに。
 二年前にパンドラに出会っていたアローンは、すでに無意識にその事を知っていた。
 そして彼は――――再びパンドラと出会う。彼女の導きを受け森の大聖堂へ向かい、そこで完全なる復活を遂げる。
 彼はきっとの魂を探し、冥界に連れ去るつもりでいたはずだった。だが、そこで彼にとっては意外な誤算が生じる。
 はただの人間の少女ではなかった。覚醒していないものの、それは女神の意識を宿したペルセフォネの半身だったのだ。
 運命という言葉はいささか陳腐な響きだが、その時の彼はそれを信じてもいいほどに高揚していた。神話の時代から分かたれ難い絆で結ばれていた自分たちは、地上においても結ばれるべきだと思った。
 ヒュプノスに命じての魂を探させた。は死んだ記憶を失っているらしく、記憶の混乱が見られたが、それは大きな問題ではなかった。
 ハーデス城に連れ帰り、女神の意識が戻るのを待った。ペルセフォネの意識を取り戻せば、きっとこの偶然を喜んでくれるに違いないと信じた。
 だが――――
「運命なんて言葉、簡単に使っちゃだめだよねぇ」
 杳馬の嘲るような笑い声が響き渡る。
 わずかな時間とは言え、この道化に踊らされていたのだと思うと腹が立つ。
 これはすべて仕組まれたものだ。運命などはなから存在しない。ペルセフォネはメフィストフェレスの甘言に惑わされ、地上に転生したのだから。



「おー、イテテ」
 冥王の怒りを買った杳馬は、しっかりとそのツケを払わされていた。激情で放った一撃はコントロールに乏しく、確実に杳馬を仕留める事は出来なかった。
 が、かすっただけでこのダメージである。もし直撃していたら、きっと肉片の一欠けらも残らなかったに違いない。
 だが、杳馬は愉快で仕方がなかった。
 アローンがを抱いていた。
 そんな事は、杳馬にとってどちらでもいい事なのだ。思春期の若い小僧っ子ならば、そういう過ちの一つや二つあっても不思議ではない。
 だと言うのに、当の彼は殺した事よりも犯した事に罪悪感を覚えている。てっきり、余の妻を抱いて何の問題がある、とでも開き直るかと思いきや、何とも可愛らしい反応を返してくれたものである。
 “清い”という事はそれほど重要か。杳馬にはよく分からない。
 現にもっとも清い魂を持つはずの少年は、あの通り真っ黒ではないか。ハーデスの魂の影響を受けていたとしても、恋人を暴行し、殺した少年のどこが清いものか。
 だが、相手を神聖視するほどに、それは本来の意味以上に重要になって来るらしい。
 もし、この事実をあの双子神が知ったら――――彼らはどんな顔をするだろう。
いくら器の少年とはいえ、人間風情が女神を穢した事に彼らは激しく憤るに違いない。特にタナトスは女神への幻想が強い質である。純潔の喪失がすでに行われた後だと知ったら――――果てさて、冥王軍はどうなってしまう事やら。
「後生だ。ちゃんには言わないでおいてあげるよ、アローン君」
 杳馬はケタケタとふざけた笑い声を上げ、天馬に乗って高く飛翔した。目指すは上空にそびえる双子神の離宮。事実を知った時の双子神の間の抜けた顔を想像し、顔を緩ませ高らかに笑う。
「さあ、どいつもこいつも派手に踊っておくれ。くるくる、くるくる。さあ、次の舞台は誰が踊る?」
 聖戦はまだ始まったばかり。






end


物語としてはまだ序章のようなものですが、
これにて「盲目のプロセルピナ」完結でございます!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。