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!CAUTION!
ここからの物語は、更にシリアス、暗い展開となります。
問題ない方のみお進みください。







































 その日、アローン少年はちゃんの働く花屋へ行きました。
 え? 理由?
 そんなのカンタン! 旦那さんと女将さんに、どうかちゃんをお医者に連れて行って欲しいって頼むためさ。大切な絵の具の顔料を売っぱらって、頑張って働いたお金を持って、それを持って頼みに行った。
 直接、自分が連れて行こうとしなかったのは賢いね。アローン君のお金だって知ったら、ちゃんは絶対首を縦に振らない! だから二人にお金を渡して、それでちゃんをお医者に診せようとした。
 二人が厳しいことをアローン君も知っていたさ。自分のことも快く思われていないって。でもそれは、二人がちゃんの親代わりで、ちゃんを大切にしているからだと思っていた。
 ところが! アローン君はなんと門前払いを受けてしまう。何処の馬の骨とも知らない奴から、金なんて受け取れるか! こう言うんだね。
 それでアローン君はがっくり消沈。とぼとぼと肩を落として帰ることにした。
 だけど、やっぱり諦めきれない。ちゃんの咳はただの風邪なんかじゃない。きっと何か悪い病気に違いないと、胸が騒ぐ。
 そこでアローン君は踵を返した。そのまま受け取ってくれないなら花を買おう。何十本でも、何百本でも、ちゃんがお医者に満足に通えるだけ、花を買おうと決意した!
 泣かせるねぇ、いい話だねぇ。
 ところがローン君が花屋に戻ると、そこには誰もいなかった。声をかけても返事がない。不思議に思って中へ入ると、二階からヒソヒソと声が聞こえる。
 声をかけようと足を踏み入れたアローン君は、聞くともなしに耳にしてしまった。
 医者になんてとんでもない――――ってね。




盲目のプロセルピナ12





「ったく、あの坊や余計なコトを言ってくれるね。が変に勘繰ったりしたらどうするんだい」
 花屋の女将だった。の名が挙がった事、そして何より二人の様子がおかしいことに驚き、アローンは思わず階段後ろに身を潜ませた。
「あの子には薬をやってるんだ。それを飲ませときゃいいんだよ」
「確かに。馬鹿正直ななら、薬で納得しちまうだろうな。ただ風邪をこじらせただけ、薬を飲んどきゃきっと治るって」
 揶揄するような旦那の声が響く。
「まあ効くだろうさ。風邪ならな。あんなもん……風邪薬とシロップを混ぜた砂糖水なんだ」
 思わず声をあげそうになるのをアローンは必死に堪えた。
 砂糖水――――? 普通の風邪薬より何倍も薄いものを、は特効薬と信じ飲み続けていたのだ。
 だから、医者に連れて行きたがらなかったのだ。医者に余計な事を話せば、あれが薬でないことがわかってしまうから。だが、それでは、の本当の病とはなんなのだろう。
 アローンが耳をそばだてると、小さく女将の溜息が聞こえた。
「ったく、それにしてもこれからって時に病気になりやがって。ありゃああの子の母親と同じ病だろう? まったくあたしたちは運がないねぇ」
 苛立たしげな女将を旦那が宥めている。
「まあまあ、仕方ないじゃないか」
「何が仕方ないもんか。あの子にゃたっぷり金がかかってんだよ。これから稼いで貰わなくちゃならないってのに」
「だからそれは仕方ないだろう。どうせいつかは終わりがくるんだ。だったらその前に取れる分は取らないと、それこそ大損かいちまう」
「何かいい案があるのかい?」
「なかったらこんなに落ち着いてないさ。実はをずっと狙ってた奴に心当たりがあるんだよ。そいつに直接話を持ちかけるんだ」
「ええっ、でも商会にバレちまったら……」
「そいつぁ心配ない。相手は娘を買ったなんて絶対に表沙汰に出来ないお方だ。その方に死ぬまでって約束で売っちまうんだよ」
「んん? 誰なんだい? それにあの子は……」
「んなもん、俺たちにゃ知ったこっちゃねぇよ。だいたいがガキん時から目をつけてた変態なんだ。どうせ一度渡ったら、生きてたって五体満足にはいられないだろうよ」
「そうかい……だったら」
 しぶしぶという風に女将は承諾する。
 そして、ふうっとため息をついて、
「しかしまあ、残念だねぇ。あの子の器量なら娼館に売ったって十分見劣りしないって目をかけてやってたのに。不治の病なんかじゃなきゃ、こんなところで身体なんて売らせやしなかったよ」
「くたばっちまうんだから仕方ないだろ。おい、それより次に教会に行く時は上等な服を来せてやれよ。なんせ神父様に娶っていただくんだからな」





 はははははは、何ということでしょう!
 アローン君は知ってしまったのです。ちゃんさえも見ぬ振りをしてきた真実。この世に渦巻くどす黒い悪を。
 少年は逃げ出しました。逃げて、逃げて、逃げて――――しかし、どこにも行けない事を知りました。
 この世界は、汚れた空は、どこまでもどこまでも続いています。そして、どこまでもどこまでも追いかけ彼らを苛むのです。
 ただ触れるだけで良かったのに、想い合うだけで満たされていたのに、それはすべて幻想にすぎないと彼は知ってしまったのです。
 この世界は残酷で、けがらわしく、汚れている。
 この世界にちゃんが生き続けられる場所はどこにもない。二人がただ互いを愛し、慈しみ合う場所など、どこにもないのです。
 裏切られ、踏み躙られ、食い潰され、そして死ぬしか彼女に未来はないのでした。
 アローン君は慟哭しました。己の無力さを呪いました。
 心から愛する少女一人、守ることの出来ない自分はなんと無力なのだろう。どんなに上手く模写出来ても、どんなに綺麗な色を作れても、そんなものは何の役にも立たないのです。
 ちゃんに満足な医療を受けさせてあげることも、ちゃんを"買う"こともできない彼は、最後に一つの答えに辿り着きます。
 もう。君を救う事は出来ない。これ以外に、君を救う事は出来ない。
 そして、アローン少年は――――世界で最も愛した少女を、
「手にかけたのでした」






end


その絶望がすべての始まり。