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 綺麗な服もいらない。豪華なご飯もいらない。
 貧しいけれど、みんなで毎日、笑って暮らせればそれで良かった。
 父さんも母さんも居なかったけれど、私さびしくなかったよ?
 いつも友達が側にいたから。
 いじめっ子は嫌いだけど、いつもテンマが追っ払ってくれたの。どこに居ても、ヒーローみたいに駆けつけてくれる。
 サーシャも一緒になって私を守ってくれた。
 それでアローンが、いつも大丈夫だよって、言ってくれるの。
 独りじゃないよ。僕たちが要る。だから泣かないで。
 泣かないで――――僕の、
 ペルセフォネ。



盲目のプロセルピナ02





 体中から力がするりと抜け落ちていく。孤児院の扉を開けたは、その場にがくりと両膝を落とした。
「なん、で……」
 冷たい床に横たわる子供たちの躯は、とうていの目にしていた平和な日々からはかけ離れた光景だった。
 服の前を鮮血に濡らし事切れた子供。驚いたような顔のまま息絶えている子供。何が起こったのか知らぬまま眠るように息を引き取った子供。
「どうして……」
 の手から花束が滑り落ち、床の上に散らばった。
 最近アローンの元気がないから、元気付けようと森で摘んできたものだ。花でも飾ればきっと元気になるから、帰って来たら一番に見せてあげようと、そう思っていたのに。
 なぜこんな事になってしまったのだろう。
 盗賊に襲われた? でも、こんな孤児院を襲って何になるの? でも、じゃあ、誰が何のために? その日生きるのが精一杯な子供たちをどうして?
「アローン……アローンを探さなきゃ……」
 はふらりと立ち上がると、まるでこの現実から逃れようと、もがく様に精一杯走った。どこへ行けばいいのか分からないまま、とにかく人のいる場所へ、町へ向かって走る。
 誰か――――誰でもいい、アローンの事を聞こう。探さなきゃ、早く……探さなきゃ。
 全速力で走り胸が苦しくなったが、もしかしたら子供たちのようにアローンもすでに息絶えているのかも知れないと思うと、は恐怖に追い立てられるように更に速く走った。
 無事でいてほしい。無事な姿を早く確かめたい。それで、いつもみたいに大丈夫だよって笑って欲しい。
 祈るような気持ちでは走った。
 だが、町の広場までたどり着いた時、は恐怖でその足を止めた。
 まるで体中の血液が溢れ出した様に、血の海で折り重なる人々。いじめっ子だった男の子も、優しくしてくれたパン屋の旦那さんも、神父様も、犬も、鳥さえも、すべて死に絶えている。
「い、いや……」
 は恐怖に顔を引きつらせ、後ずさった。見たくないのに、視線を反らす事が出来ない。人々の苦悶の死に顔から、真っ赤に染まった血から、目を離すことが出来ない。
 と、何かに足を取られ、は尻餅をついた。振り返ると、そこにも“人だったもの”が横たわっている。
「ひっ」
 切断された首の端から、今も紅い血がまるで河を作るように流れ出している。頭部はまるで誰かがわざわざそこに置いたように、恐怖の顔をこちらに向け身体の傍らに安置されていた。
「いや……アローン……アローン……」
 無意識のうちにアローンの名を呼んでいた。
 早く会いたいのに、まるで影を縫いつけられたように動く事が出来ない。何度振り払おうとしても、頭の中には不吉な想像ばかり舞い込んでくる。
「おっと、ここにも人間が残ってるじゃねぇか」
「っ!?」
 声に驚いて振り返ると、まるで漆黒を固めたような鎧に身を包んだ人影が空から舞い降りてきた。を囲むように降り立ち、キヒヒ、といやらしい笑みを浮かべる。
 この男たちが町をこんなにしたのだと、は直感した。躊躇いもなく、まるで人を人とも思わぬ無慈悲さで殺し尽くしたのだと。
「あ……ぁ、ああ……」
「ヒヒッ、ヒヒヒ」
 恐怖で竦みあがったを嘲笑が取り囲む。
 私も……死ぬの?
 みんなのように、殺されるの?
「いや……あ……あ、……」
「ヒヒッ。そう怖がらなくてもいいんだぜぇ? すぐに……みんなの所に連れてってやるからなぁ!」
 男の振り上げた凶手を、は呆然と見つめていた。あの漆黒の剣のような指先が、自分の首を刎ね落とすのだろうか。
 恐怖で悲鳴さえ上げられず、の瞳からただ透明な涙が流れ落ちた。
 そして、
「汚い手でその方に触れるな」
 静かな声が背後より響いたかと思うと、黒い影がと男たちの間に入り込み、閃光が走った。思わず目が眩み、顔を背けると、光の中に金色の髪が靡く。
「アローン!」
 喜びに歓喜の声をあげ、その背に向かって呼びかけると――――確かに様相は似ているが、それはまったくの別人だった。
 グシャリ、と。それまで人の形をしていたそれが、地面に落ちる。
 まるで身体を内側からばらばらにされたように、臓物をぶちまけて、地面に広がる。
「っ!?」
 目の前で起きた惨劇に、は言葉を失った。
 一瞬、アローンと見間違えた男がゆっくりと振り返る。額に六芒星の印がある、金の髪の男だ。しばらくその姿を凝視し、見覚えがあるその顔が、前にアローンの画を見に来てくれた男だと思い出した。
「お怪我はございませんか」
 混乱するに構わず、男はの前に膝を折るとそう尋ねる。はただこくこくと頷く事しか出来なかった。
 そして、恐怖と混乱に満ちたの顔を見つめると男は、
「ご無事で何よりです、我等が女王。光を破壊せしお方――――ペルセフォネ様」
 聞きなれぬ名でを呼んだのだった。




end


冥王覚醒あたりのお話。
すみません、時系列ガンガン飛びます。