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091.暴挙





 また今日も来てたよ ――――
 ノックの後に続く男の声に振り返りもせず、は俯き加減に重ねた手のひらの上に視線を放っていた。
 無反応に溜息をひとつ漏らすと、アルフレッドはぞんざいな手つきで手にした花束をサイドテーブルの上に置いた。
 自らが花瓶に活けるという甲斐甲斐しい真似はしない。ただここに置いておけば気がついた誰かが花瓶に入れて飾ってくれる。あるいは、アルフレッドの目につかない所へ処分してくれる。その事を知っているからだ。
「まったくいい加減しつこいんだぞ」
 独り言のように呆れたように呟いて、花束に添えられたカードを一瞥する。アルフレッドの知らない国の言葉だが、おおかた書いてある内容は予想がつく。
 君の快復を祈って。愛してる ――――
 きっとこんな所だろう。
 だいたいよくも飽きずに毎日花を贈れるものだ。少し気が利くなら、花以外にもお菓子とかバルーンとか贈りようがあるだろうに。それを馬鹿のひとつ覚えのように、毎日同じ花を届けに来る。毎日、ロビーでアルフレッドに追い返されると知っていながら。
 その諦めの悪さには呆れを通り越して賞賛すら覚える。もっとも決して叶うことのないその願いを、不憫に感じるほうが先だが。
 あの全てが終わりを告げた一日から、はアルフレッドの保護下に置かれた。戦後の処理は色々と立て込んでいたが、のボロボロの身体ではとても切り替えて動けるような余裕はなく、半ば強制的に入院させた。
 あれ以来、数人の世話係以外は、アメリカ国籍の者しかに近づくことを許さなかった。菊とも一度きりしか会っていない。菊との面会まで禁じたつもりはなかったが、自身が会うのを拒んだのだった。
 理由は口にしないが、おそらく”会わせる顔がない”というやつらしい。何を思ってかは知らないが、その方がアルフレッドに都合が良かったし、菊も何かを察してかそれ以上追求しなかった。
 みんな菊みたいに潔ければいいのに、と宙を仰ぎ見ながらアルフレッドは思う。一体あの日からどれだけの国を追い返したことか。
『ごめんよ。はまだ人に会える状態じゃないんだ。よろしく伝えておくよ』
 そんな台詞を何度繰り返しただろう。そしてその台詞を繰り返す度に、何度得も言えぬ優越感が彼の中を満たしたことか。
 決して口にはしない ―――― 口にはしない、が、愉悦の笑みが思わず唇を弧状に描く。
 愛用の革手袋を外し、の重ねた手を握る。
 は怪訝そうにアルフレッドの方に視線を向けたが、その両目は焦点が合わぬまま彼の眼前を漂う。
 当然だ。の両目は見えていない。目どころか、耳だってろくに聞こえていない。内臓もぼろぼろ、四肢もばらばら、まるで伽藍堂のように中身は空なのだ。
「心配いらないんだぞ。君が二度と傷つくことがないよう、俺の上司が手配済みだからね」
 届かない言葉は無邪気な欺瞞に満ちていて、はわけも分からぬままその頬にアルフレッドの口づけを受けた。満足げにはにかんだアルフレッドを他所に、だがの心が揺れる事はなかった。

end


アル→→←?なお話。
?はお好きなお相手でどうぞ。