WW2ネタです。
フィクションとしてお楽しみください。
生きねばならぬと切に思った。
生きて祖国の元に帰らねばならぬと。
そうでなければ、あの人はもっと傷ついてしまう。私がその傷の一つに、なるわけにはいかなかった。
銃弾、刀剣、爆弾、地雷 ―――― そんなものよりも、私の傷はあの人を深く傷つけてしまう。
肉を抉り、血を啜り、心の臓を真っ二つに裂く、そんな傷になどなってはならないのだ。
なのに、私の意識は朦朧と揺れ、喉の奥は水を欲し言葉が一言も出てこない。嗚呼、こんな時こそ芯を強く保たねばならぬというのに……
腐肉に集る羽虫どもが煩い。ぶんぶんと私の心の声よりも強い音で鳴り続ける。
どうせ鳴くのならひぐらしの声が良かった。
懐かしい、あの声が聞きたい。
嗚呼……背中が焼けるように暑くてかなわぬ。
089.死にもの狂い
「!?」
黒の双眸に驚愕の色が走ったその時、そんな顔をしたいのはむしろこちらの方だとアルフレッドは思った。
万力を込めて締めあげられる襟首に喉が詰まりそうだと文句を言うよりも早く、彼の片腕は条件反射で懐に潜り込んでいた。ホルスターに収まった鉄の固まりを取り出してぶっ飛ばさなかったのは、相手がアルフレッドの敵ではないこと、そしてここが戦場ではないからだ。
周りに待機していた合衆国のSPが異常事態の発生と共に、迷いなく銃口をへと向けた。あーあ、とアルフレッドは胸中で溜息を漏らす。こんなむき出しの敵意を晒してしまって、どう繕うつもりなのか。の機転を試してやりたい気持ちもあったが、ここで彼女が蜂の巣にされるのは困る。
「Hey,ダーリン。何を寝ぼけてるんだい?」
アルフレッドはするりと片手を懐から抜くと、首元に伸ばされたの手を握りしめそのまま自分の方へと引き寄せた。
「退屈で仕方ないけどまだ午後の会議は残ってるんだよ? 遊びはホテルに帰ってからにしよう」
ちゅ、と額に口づけて、そのまま余計な事を口走る前にの唇を己のそれで塞いだ。目を白黒させたが抵抗するように身体をのけぞらせたが、その抵抗を力任せに制し握りしめた手にさらに力を込める。
突如イチャつき始めた祖国にSP達はさぞや驚いた事だろうが、
「……なに見てるんだい?」
不満気に ――――
それこそ恋人との時間を邪魔されて不機嫌そうな顔でアルフレッドが言うや否や、失礼しました! と詫びて慌てて二人と距離を取るのだった。
SP達が十分に離れた事を確認しようやくアルフレッドがの手を離すと、は赤くなった手の甲を擦りながら今にも泣きそうな顔で俯いた。
「申し訳……ありません……」
怯えるような顔で非礼を詫びるに、先ほど見せた凶気はない。死を前にした禽獣のようになりふり構わない危機感など、普段の彼女からは欠片も感じる事は出来ないものだ。きっとこの顔を知るものは少ない。あの大戦に加わった国たちの中でも、この顔を直に見たのはわずかな者だけだ。
「べつにいいけど」
アルフレッドは素っ気なく返すと、襟元を寛げて締められた辺りをさすった。鏡がないので確認出来ないが、きっと赤い痕になっていると思う。もし自分が人間だったら、首の骨を折られていただろう。ただの痕ぐらいで済んだのは彼が世界有数のチート国家で、HEROを自称できるくらいには強靭であるからだ。
は先ほどまで自分が座ったまま眠りこけていたベンチにすとんと腰を下ろすと、困惑した表情でアルフレッドを見上げた。この炎天下であるというのに、指先が微かに震えている。アルフレッドに手をかけたという事実に、いまさら現実感を覚え戦慄しているのだ。
「ごめん……なさい……。私……つい、ウトウトしてしまって……」
「うん、知ってるよ。寝てる所を声かけたのは俺だからね」
答えながら、これがアーサーやフランシスだったらこんな事はなかったのではないかと思い、自然とアルフレッドの声は不機嫌になった。
「まさかこんな暑い場所で寝てるなんてね。起こしてあげようと思ったのに……何の夢を見てたんだい?」
昼食の後、の姿が見えないと思い探しに来てみれば、炎天下にも関わらず中庭のベンチで眠りこけるを見つけた。頭上は木陰になっているが、とても居心地の良さそうな寝床には思えず何故こんな所を昼寝の場所に選んだのか理解できなかった。
きっちりと着込んだブラックスーツはそのまま、長袖のジャケットも白いYシャツも緩められず、の安眠を妨げている。寝苦しいのか眉根はわずかに寄せられ、珠のような汗がすうっと首筋を伝い ――――
吸い寄せられるようにわずかな襟元の隙間へと落ちていった。
暑そうだとか苦しそうだとか言う感想はその瞬間吹き飛び、その光景にどきりとした。
そして、慌てて起こそうとの名を呼んだ瞬間、数十年見ることの無かった凶暴な目が突如アルフレッドを捉えたのだ。
「それは……」
アルフレッドの追求には口ごもるも、アルフレッドに真剣にそれを追求するつもりはない。元々おおよその予想はついている。
があんな顔をする原因など、一つしかない。そもそもあんな顔を見たのは、あの日限りだ。あの暑い、灼けるような夏の日。
もし鋼の皮膚を持つ獣が居るならば、きっと彼女はそういう類のものなのだと思った。あの暑い夏の日、南国の島で手負いのを追い詰めたアルフレッドは、のことを国でも兵器でもなく、獰猛で途方も無い執念に取り付かれた獣だと感じたのだった。
顔の半分が焼けただれ、片腕を失った獣。美しい毛並みを血と泥と銃創で汚したそれを、彼は忘れた事がない。
今こうして傷跡など無かったのだとでも言うように、綺麗な顔を向けるを前にしても、その背後にアルフレッドはあの時の獣を見ている。
「あんな顔……十世紀に一度くらいしかしないんだろうな……」
「え? ……え、いいえ! もう二度とこんな失礼な真似はいたしません! 本当に申し訳ありませんでした」
平謝りするを見下ろしながら、アルフレッドは目を細める。そういう意味ではないのだが、説明したらしたではもっと恐縮してしまうだろう。
「行こう。そろそろ午後の会議が始まる」
「……はい」
アルフレッドが手を取ると、は少し驚いた顔をしてから黙ってそれを受け入れた。静かに自分に付き従うを見ながら、少しだけ意地悪してやりたくなり、唐突に問う。
「君は夏は嫌いかい?」
は伏目がちの瞳でアルフレッドを見つめてから、
「いいえ。ただ……どんなに暑く喧しくても、故郷の夏を恋しく思います」
end
イミフで申し訳ありません。
ちなみにこの二人、付き合ってません。
肉体関係はあるかもだけど。