088.跡形もなく
「灰になるでしょうね。欠片も残さず」
味噌汁をずずっとすすって事も無げに答えた。アサリ入りですか、いいですね、などとお碗の底を箸でつついている鬼灯を白澤は何か言いたげに見ている。それを横目で見つつ、白澤が焦れているのを知りながら汁を飲み干すまで鬼灯は勿体つけて話さない。空の碗を置いて湯のみの茶を飲み、ふうっと一息ついてから続ける。
「杞憂ですよ」
白澤がばんっと食堂のテーブルを叩いた。完食していた鬼灯の膳は無事だったが、食べかけだった白澤の味噌汁ははね飛び盆の中に小川を作った。
「いやいやいや、お前どうしてそんなに落ち着いてるわけ!?」
「貴方こそ何を慌てているのですか。ただでさえ騒がしくて目障りなのに、ああ煩い」
「お前なんかのためだったら僕だって慌てたりしないよ! ちゃんがピンチだからだろ!」
と、再びばんばんとテーブルを叩く
その度に味噌汁が飛び散るので、食堂のおばさんに謝りなさいととりあえず白澤の顔面に鉄拳をめり込ませ、静かになった所で鬼灯はまたずずずっと湯のみの茶をすするのだった。
事の経緯は実に簡単である。いつものように暇人の白澤が、仕事もほっぽって閻魔庁に遊びに来ていた。目的は当然、をナンパするためだ。
が、補佐官の執務室に居たのは常闇の鬼神こと鬼灯。土産の桃饅も食べ尽くされ、ちゃんを出せコノヤロウと掴みかかると、金棒で容赦なく殴り飛ばされた。その後、昼飯 ――――
桃饅をしっかり平らげたにも関わらず ――――
に食堂へ向かった鬼灯にまとわりつき、ようやく当の本人は閻魔大王に伴い亡者の裁判に出ているのを知ったのだった。
補佐官なのだから閻魔大王を補佐するのは当然のことなのだが、白澤が案じたのはその裁判の内容だ。聞けば衆合地獄に落とされて当然のような男の裁判なのだと言う。
「ちゃんは男嫌いだろ!」
そんな奴の裁判にを伴うなどとんでもないと白澤は憤っているのだが、鬼灯は相手にするつもはさらさらないのか相変わらずまったりと茶をすすっている。
「大丈夫ですよ。うちに来てからだいぶ慣れましたし。ああ、貴方みたいなボルボックス野郎は大がつくほど嫌いでしょうがね」
「ボル……え? いや、よく分かんないけど、亡者に嫌がれとか受けたらどうすんの! 卑猥なこと言われたり、卑猥なこと言われたり!」
むしろどこか興奮した口ぶりの白澤に鬼灯は冷たい視線を投げかけると、面倒くさいと言いたげに溜息を漏らす。
「だから大丈夫ですって。彼女あれでも鬼神なんですから」
「鬼神でも鬼でもか弱い女の子じゃんかよ!」
「だから……か弱くたって鬼神なんです。もし変な事なんてしようものなら……」
言いかけたその瞬間、けたたましく建物内の防火ベルが鳴り響いた。ぎょっと顔を上げる白澤だが、鬼灯は予期していたのか驚いた顔すら見せない。
やれやれと呟いて裁判が開かれているはずの広間へと向かうと、そこには半泣きになって閻魔に頭を下げると、を宥めようとオロオロしている閻魔大王の姿があった。
そして証言台があった辺りは何故かまる焦げになっており、ぷすぷすと熱を持った炭が燻っている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 裁判も終わってないのに、私ったらつい……!」
「ああ〜、いいよ、いいよ〜。あれ絶対セクハラだからね? 儂もちゃんとセクハラ委員会に証言するから」
話が見えない。
呆然とする白澤を捨て置き、鬼灯はすたすたと証言台の方へと向かうと金棒の先っぽにそこに伸びた炭の塊を引っかけた。
もはや原型も留めないほどに炭化したそれが、わずかに呻き声を上げる。
「え、ちょ……まさか」
鬼灯はおらよ、と眼前につきつけるように金棒を白澤に向けると、だから言ったでしょう、と肩をすくめてみせる。
「姑獲鳥の燐の火は地獄の業火もかくやと言われるほどの高熱ですよ。貴方、本体は毛むくじゃらなんですから、いっぺん火が付けば景気良く燃えるんじゃないですか?」
至極、地獄の鬼らしい顔で、
「きっと跡形なく燃え尽きるでしょうねぇ。骨の髄まで」
end
「卑猥なこと言われたり」を二回言ってるのは誤字ではありません。
白澤様の気持ちになって、大事な事なので二回言いまs(ry