この話には半兵衛の息子・竹中重門がオリジナル設定で登場します。
問題ない方のみお進みください。
087.幻
春の柔らかな夜風が、夜着に羽織をはおっただけの肩を撫でていく。もうそんな時期なのかと、重門はぼんやりと夜の空に浮かんだ朧月を眺めた。
桜の頃にはまだ早いが、芽吹き始めたつぼみが春の香りを誘った。
こんな夜は眠れない。なぜか明日を待ち遠しく思う子供のように、胸が騒いで寝付けないのだ。
炊事場から拝借した銚子を手に、手酌で杯に清酒を注ぐと、水面に月が浮かんだ。
飲んでしまうのはいささか勿体無いなとぼんやりと思っていると、ふいに傍らに人の気配を感じた。小柄な、少年のような高下駄をはいた男が縁側にちょこんと座り、足をぶらぶらと揺らしている。
「こんばんは」
重門が微笑を浮かべ挨拶をすると、男は憮然とした顔で重門を見た。そして、あーあ、と溜息を一つ。
「俺はさぁ、やっぱ娘が良かったよ。喜んでるや秀吉様の手前、そんな事ぜったいに言えないけどさぁ」
一人ごちるような口調で男は、半兵衛はそう口火を開く。
「似の女の子だったら、俺ぜーったいぜーったい早死になんてしなかったと思うんだよね。だって娘の花嫁姿みるまで死ねないじゃん。っていうか、嫁とか無理だし。無理。官兵衛殿の息子にだってあげないよ」
「またその話ですか、父上」
父と呼ぶと、半兵衛はちらりと重門を見やり、そして拗ねたような顔をした。
「お前、可愛くないよ」
と、愚痴るように言う。
可愛くないと言われても、自分もすでに大人だ。実年齢より若く見られる事があっても、父がそうであったように女性に間違われる事などない。そしておそらく父が可愛くないという原因であろう、母の面影が幼少期に比べ、何割も減ってしまっていた。それを口にすると、小さいころは可愛かったのに、と愚痴が続くので口にはしないのだが。
「あーあ、やっぱ男の子の父親なんてやるもんじゃないなぁ。大きくなったらごつくなっちゃうし、俺より大きくなっちゃうし、戦には出るし、家督がなんだって苦労は多いし……」
そう言って、半兵衛は黙りこくってしまった。
じっと空の月を眺めて、難しい顔をしている。
そして、ふいに夜風が吹いたかと思うと、ねえ、と消え入りそうな声で言った。
「俺は……いい父親に、なれたのかなぁ?」
半兵衛に似つかわしくない、不安そうな面持ちだった。
「俺はさ、策を立てるのも、うまく軍略を巡らせるのにも自信があった。だけど人並みに家庭を持ったり、父親をするのは……なんていうか、あんまり向かなかったと思う」
贖罪のようでもあった。
確かに父はいつも家にいなかった。己の力を試すかのように戦場を渡り歩いていたし、母が亡くなってからは何かに縋るように、戦の事ばかりを考えるようになった。
晩年、身体を壊しても、父は戦場から戻らなかった。そして、戻ってきた父は、すでに人の体温を失っていた。
「寂しい思いをしなかったと言えば、嘘になります。父上の心はいつも、母上と共に戦場にありましたから」
軍師として、共に戦場に立った日を懐かしむように。軍略で頭を満たし、他の何も考えないように。何か見えない大切なものを求めているのだと、幼いながらに気づいてしまった。それを知った時に感じたのは寂しさより、諦めだった。
「吉助……、俺のこと、恨んでる?」
半兵衛は重門を幼名で呼ぶ。そうすると、まるで父に置いて行かれた幼かった頃に戻ったようで、重門は思わず苦笑を漏らした。
「いいえ。私ももう大人です。父上の背負ってきたものの、全ては分からずとも、いくらかは理解できるほどになりました」
名も、家も、重い。天才軍師の息子として見られる事に、悩まぬ日はない。
だが、それと同じように、
「私は父上の子として生まれた事を、誇りに思います」
そう告げられた半兵衛は、涙が零れないように我慢をする子供のような顔だった。
「……なに、それ。大人ぶっちゃって。やっぱり……息子なんて可愛くない」
「可愛くないのは父上譲りです」
微笑を浮かべて言い返すと、半兵衛はうるさいな、と顔をしかめた。
そして、あーあ、と盛大に溜息を付く。
「お前は知らないかもしれないけどさ。皆が笑って寝て暮らせる世を……お前のためにも、俺は早く作りたかったんだよ……」
そう呟いて、再び一陣の風が吹いたかと思うと、半兵衛の姿は忽然と消えていた。
春の夜が見せた幻を瞼の裏に留める様に、重門は静かに瞳を閉じた。
end
半兵衛は嫁はラブだけど、息子にはどう接していいかわかんなかったりするんじゃないかと妄想。
で、寝て暮らせる世がこの子のためになるんだと、
二つ跳びくらいで考えて晩年はがむしゃらになってたとか。
息子は顔は似てても普通の青年に育ってそうですね。
180cmくらいの長身に。で、やっぱり可愛くないとか半兵衛がぼやく(笑)