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086.冷えた空気





 彼の冷えたその言葉に気がついたのはわずかな者だけだった。
「邪魔だなぁ」
 ぽつり、と。
 言葉に温度があるならば間違い無く白い吐息と共に吐き出されたであろうその言葉に、傍らに控えていたバルト三国が巻き込まれない様にと逃げていく。だが、彼らのそんな様子を気にするでもなく、イヴァンの視線は窓の外へと向けられたままだった。
 満開の桜の下を、着物姿のが歩いている。ホスト国代表である菊に代わり、が皆を案内しているのだろう。
 春色に色合いに彩られたの姿に、思わずイヴァンの頬が緩んだが、すぐさまそれが引き締まる。隣りから伸びた手が無遠慮にの肩を掴み、引き寄せたのだ。
 暖かな日差しを受けていた窓ガラスに、瞬時に霜が張り凍気を放ち始めた。同室の者がいれば背筋を震わせた事だろうが、イヴァンは無自覚なまま怒気と共に冷気を放った。
 視線の向こうでは、アルフレッドがアーサーに叱られ渋々から手を離したところだった。その隙にとフランシスがの腰に腕を回し、やはりアーサーに蹴り飛ばされている。そんな面々の後ろをルートヴィッヒが米神を指で押しながら、フェリシアーノが鼻歌を口ずさみながら付いて行く。
 案じるには及ばない。どうせあの男も大勢のうちの一人なのだから。
 そう自分に言い聞かせるも、今回の世界会議の開催が日本で行われた発端がアルフレッドの一言だったのを思い出すとやはり腹がたった。
 京都の懐石が食べたいとか、桜が見たいとか、あの男はいつも我儘を言って菊を困らせる。まるで自分には日本に我儘を言う権利があるとでも言うように、我が物顔で振る舞う。
 そして、最終的にそれが通ってしまうのが、何よりも腹立たしいのだ。
 イヴァンの視線の先で、ふとアルフレッドがこちらを見たような気がした。窓ガラスに手をあて羨ましそうにこちらを見ているイヴァンが、彼の目には滑稽に映ったのかもしれない。
 アルフレッドは口角を吊り上げ、芝居がかった仕草で片手をあげると挑発するように手をこまねいた。
 そんな所にいないで君も降りて来なよ。出来るものなら ―――― と。
「……邪魔だなぁ」
 イヴァンの吐き出した冷気と共に、ピシリと窓ガラスに亀裂が入った。

end


イヴァンが近づくと寒さで桜が枯れちゃうから、
一緒に見に行けないとかそんな妄想。