ふてぶてしい態度しか見せなかった半兵衛が、その時初めて余裕のない顔を晒したのだった。
085.予想外
「あの、お加減でも……?」
顔を真っ赤に紅潮させ、目を見開いたまま固まってしまった半兵衛への気遣いのつもりだったが、伸ばされた白い手を、半兵衛は大げさなほど首を横に振って拒んだ。
怪訝そうな顔のまま、でも……、とが心配げに言い淀む。
半兵衛の顔を覗きこむように寄せられた白い顔。半兵衛の脳天から立ち上る湯気が、きっとには見えていないのだろう。
「。茶を持て」
助け舟のつもりで声をかけると、は承諾し、恭しく頭を下げて出て行った。
耳の先まで真っ赤に染めて縮こまっている半兵衛を、官兵衛は横目でちらりと見やる。半兵衛は動揺がまだ抜けないのか、唇を手で覆い、目をぱちぱちと瞬かせていた。
正直言って意外だった。
子供のような顔をしているが、官兵衛より二歳も年上の三十路過ぎの男が、まるで乙女のようなこんな反応を示すとは思わなかった。
話に聞く竹中半兵衛という男は、人を食ったような態度で飄々と生きる事を人生の目標にしているような男だった。頭は切れるが、どこか厭世したようなところがあり、秀吉が何度織田に加わるように請うても頑として首を縦に振らなかった。
ようやく話だけならと秀吉の屋敷にやって来たが、秀吉の話は半分くらいしか耳に入ってはいまい。退屈そうな顔で庭を眺めたり、手足をぶらぶらさせたりと、人を食った態度しか見せない。作戦を練り直すべく秀吉が小休憩を提案すると、主の居ない部屋で勝手に横になり、やっぱり帰ろうかな、などと言い出す始末だったのだ。
それが ――――
「あれは私の弟子だ」
ぼそり、と呟くように言うと、半兵衛は弾かれたように顔を上げ驚いた顔を官兵衛に向けた。何故自分の考えている事がわかったのだ、と言いたげな顔をしているが、この赤面を見て分からぬ者がいるならば、そいつの目は節穴だと官兵衛は思った。
半兵衛にとっては幸いにも、官兵衛の弟子の目は節穴だったわけだが、それはさておき。
「軍師の見習いのような事をさせている」
半兵衛は顔を真っ赤にさせ、何か言いたげに官兵衛を見つめたが、半兵衛の葛藤が言葉になる事はなかった。大方、べつにそんなつもりじゃない、などと否定の言葉を思い浮かべたのだろうが、官兵衛が半兵衛の反応について何も言及していない今、それを口にするのは墓穴を掘るようなものだ。
耳の先まで赤くして、羞恥に耐えている半兵衛に告げてやる。
「名をと言う」
すると半兵衛は張り詰めていた表情を緩め、
「へえ、……っていうんだ」
へにゃりと。頬の筋肉が弛緩するように笑い、まるで心に刻みつけるように名を繰り返す。
まるで恋を覚えた乙女のような顔。
まさか竹中半兵衛がそんな顔を晒すなど、官兵衛にとっても予想外の出来事だったのだ。
end
そして織田軍。
珍しくピュアな半兵衛のお話。