081.無音空間
日本の家屋というのは実に不可思議だ。襖も障子もただの紙だろうに、四方をとじてしまえば閉ざされた空間が出来上がる。
それは容易く破ることも、暴くことも出来るはずなのに、誰にも踏み込めぬ密室へと変貌する。
静止の声も無視して襖を開くと、まるでこちらの来訪を知っていたかのように和装の少女がひれ伏していた。長い髪が方方に散らばって、まるでケーブルか何かで頭部が繋がれているように見えた。ゆるゆると、絡繰人形が糸を釣り上げられるように顔をあげる。
白い顔に、桜色の唇、底の見えない黒い瞳。
「ようこそ、日本へ」
琴を弾いたような声で言う。瞬間、ギルベルトははっと鼻を鳴らして笑った。
なにがようこそ、だ。招かざる来客にようこそとは、とんだ皮肉を口にする。そもそもこちらは礼をわきまえるつもりもなく、ずかずかと異国の軍靴で畳の部屋に乗り込んだのだ。歓迎されているわけもない。
「俺は回りくどいのは好きじゃねぇ。あいつはどこに居る? さっさと出した方が身のためだぜ?」
屈み込み、こちらを見上げた少女の細い顎を手袋も取らずに掴みあげた。威圧したつもりだったが、少女はアルカイックスマイルを浮かべたまま、ギルベルトを見つめている。
「祖国はお加減が宜しくありませんので、わたくしが代わりに調印いたします」
再び笑いが口を付いてこぼれた。
舐められたものだ。このプロイセン王国が、極東の小国まで出向いてやったというのに、出てきたのは代理の小娘だけとは。
「てめぇじゃ話にならねぇよ」
とん、と肩を押すと、少女はバランスを崩して倒れた。何をされたのかわからないといった、呆けた顔が見上げている。
「どこの港町だかしらねーが、国と国の条約に顔を出すんじゃねぇぜ? そんな事もてめぇのお祖父様は教えちゃくれなかったのか?」
見下ろして、言い放った。どうせ臥せっているといいつつ、どこかでこのやり取りを覗き見しているのだろう。いくらこの娘が外交の要といえど、一国の代表が条約をまったくの他者に任せると思えなかった。
「どこに居る? 奥か?」
返事も持たず、ずかずかと部屋の中へ足を踏み入れ、倒れた少女の脇を通り過ぎる。
否 ――――
通り過ぎたと思った途端、ふいに背後からの研ぎ澄まされた敵意を感じ振り返った。
やはり微笑みを浮かべている。だが、
「部屋の中では靴を脱げと、貴方のお父様は教えてはくださらなかったのですか?」
先程には感じなかった、冷たい白刃のような威圧感をギルベルトは無視出来なかった。
「西洋じゃ靴は脱がねんだよ」
軽口を返しつつ、思わず利き腕は懐の下へと潜り込んでいた。とても戦闘には向かないびらびらと長い着物を着ているくせに、少女から発せられる敵意は恐ろしいほど好戦的だ。
「確かにわたくしはお祖父様には遥かに及びません。貴方から見れば私など一地方のちっぽけな港に過ぎぬのでしょう」
でも。
そこで言葉をとぎり、うふふ、と少女は笑った。純真無垢とは対極にあるような、この世の酸いも甘いも見据えて来たような顔で、嗤う。
途端、飛来した銃弾がギルベルトの頬を掠めていった。
「わたくしも国の一部です。ならば易易と領土を侵略されるわけにはまいりません」
細めた瞳を三日月型に縁って。
たかが地方都市と侮った相手から、向けられた最大限の敵意にギルベルトは不適な笑みを浮かべる。無視してしまえばそれまでだが、喧嘩を売られてそのまま通りすぎるような安いプライドは持ちあわせていない。
「おいおい、俺は条約を結びに来たんだぜ?」
弁解の言葉を口にしつつ、そのくせ彼もまた同じような顔で嗤っていた。
end
いろんなものがログアウトしてます、すみません。
きっと開国後の条約を結びに来た所。
ホントは喧嘩打ってるのも虚勢にすぎないんですが、
土足だし、自分のこと見下すしで、むかつくので喧嘩打っちゃったヒロインと普憫。
普憫さんは知らない人には、強気&カッコいいと想う。
顔見知りになると、仮面がはがれてあっれー? この人こんなかっこ悪かったっけ?
みたいになると良い。
それにしてもタイトル全然関係ないんだぜ…