WW2ネタの殺伐したお話です。
苦手な方はブラウザバック推奨です。
078.面影
それが憧憬と共に呟かれた言葉である事など、目を見ずとも理解った。
『いつかあの方のように強くなりたいのです』
まるで秘事を語る乙女のような顔で。
『私はずっとあの方に手を引かれるばかりの存在でした。独りではあまり成長することも出来ず、十九世紀になってもこの通りです』
自嘲的な意味を込めた苦笑を漏らし、でも、と呟いて穏やかな顔に戻る。
『いつか、あの方が頼ってくれるくらい、強くなりたいんです。守られる存在ではなく、共に在る者として認められたい。後ろではなく、傍らに居たい』
共に在るべき存在として ――――
祖国を支えたいのです。
『だから貴方のお力をお貸しいただけませんか。どうか私に……七つの海を総べた貴方のお力を』
そうしてアーサーの足元に跪く。いくら畳の上とはいえレディにそんな真似はさせられないと、思わずアーサーは膝を落としての手を取った。
『わかった! わかったから、それ、やめろ!』
きょとん、と不思議そうな顔のにはアーサーの心は伝わっていないだろう。
そもそもそんな礼など取らずとも、請われれば指導くらいいくらでも付けてやるつもりだった。すでに両国は同盟関係にあるのだし、アジアにおける他国への牽制はこの同盟の目的の一つである。そのためにも日本の軍事力の向上は、イギリスにとって都合がいい。
べつにお前のためじゃないんだからな、と一頻りおきまりの文句を口にすると、はころころと鈴の音のような声で笑った。
よろしくお願いしますね、とぺこりと頭を下げて、はアーサーから海軍のなんたるかを学ぶことになった。軍服から、船内で使う言葉、ユーモアのセンス、カレーを食べる習慣まで、はアーサーの真似をした。
アーサーにとってもは優秀な生徒だっただろう。は覚えも早く、すぐに吸収し、めきめきと力を付けて行った。それを誇らしくも感じていた彼だったが、やがてその感情は相反する憎しみへと反転した。
まさか自らが指導したと戦場で見える事になるとは、彼も思っていなかったのだ。
「ご無沙汰しております……」
慇懃な口調、丁寧な物腰。だが、瞳は鋭く、手にした刀剣は間違いなく殺意に満ちている。
「くそ、笑えねぇな」
アーサーは忌々しそうに呟く。
なんだその髪は。なんだその格好は。
かつて彼の愛した長い黒髪はばっさりと切りそろえられ、四季の色を鮮やかに留めた装いは今は白い詰め襟の軍服へと変わっている。
まるで菊と瓜二つ。
わずかな身長と体格の差を除けば、菊本人がそこに居るような錯覚を覚えさせる。
出来ることなら能面のようにすまし込んだ頬を打ち、お前こんなことがしたかったのか、と怒鳴り飛ばしてやりたかった。
こんな事のためにお前は俺に教えを請うたのか。こんな事のためにお前は俺の力が欲しかったのか。こんな事のためにお前は……
ぎりり、と思わず唇を噛み、鉄錆のような味で我に返る。
本田は日本の一部である。ならば、これは彼女にとって無意識にしろ、ごく自然な結論なのだろうか。敬愛し、憧れたが故に、本田菊と同じものになりたいと思ったのか。
下らない。全く以て下らない。
そんなことなど、当の菊は決して望んでなどいないだろう。今は敵同士でも、かつて同盟を結んでいたのだ。簡単に想像がつく。なのに、アーサーでさえ簡単に想像できる事が、には出来なくなってしまったのか。本田の歴史を否定し、消し去ることほど、菊への背徳はないだろうに。それとも、それがこの戦争にかける自分の覚悟なのだとでも言いたいのか。
「わかった……」
「もうお前の名前は呼ばない」
お前はもうじゃない。俺の所に学びに来たあの時の小娘じゃない。お前は日本だ。もう一人の日本だ。
アーサーはわずかな瞑目ののち瞼を開き、敵国の化身をその鋭い双眸に捉える。
「来いよ、Imperial Navy。全艦ここで撃沈してやる」
end
「来いよ、ベ*ネット。銃なんて捨ててかかってきやがれ!」
というわけで、いろいろ因縁のある日英の海軍関係のお話。
同盟中イギリスからいろいろ教えてもらったので海軍は英国式らしいですが、
カレー文化まで真似しちゃうのはなんか可愛いですね。
今でも金曜はカレーを食べる習慣が残ってるんだとか。
ちなみに最後の名前、正しくはImperial Japanese Navyですが思うところがありJは省きました。