077.これに免じて
説得力のない言葉。
「べつに怒ってませんから、そんな物で機嫌を取る必要なんてないんですよ」
笑顔ならともかく、鬼灯の凶相でそんな事を言われればそれは脅しの文句に他ならない。はダークブラウンの光沢ある包装紙で包まれたそれを手に、ぴしりと笑顔を固まらせた。
鬼灯の静かな怒りの原因は、の遅刻にある。昼休みはきっかり一時間と定められているにもかかわらず、が戻って来たのは定刻を超えていた。どこに行っていたのかと尋ねれば、桃源郷だと答えるのだから、鬼灯の脳裏から寛容という言葉はあっさり消え失せた。
如月の月半ば。チョコレート会社の陰謀だ何だと現世を騒がせるこのイベントは、地獄も例外なく今日は閻魔庁全体がどこか浮き足立っている。職場内のチョコレートは賄賂の危険があるため基本禁じられているが、良識の範囲内でと言う事で厳しい罰則があるわけではない。鬼灯自身このイベントに対して何か思う所があるわけではないが、単に桃源郷という言葉と共に脳裏に浮かぶ、あの極楽蜻蛉の所へが行っていたと思うと腹が立つのだ。
はなんとなく鬼灯の思考を察しつつ、まあまあまあ、と宥めるように一献差し向けるような動作で鬼灯の目の前にチョコレートの箱を差し出した。
「なんですか」
不機嫌そうな視線に一瞬怯んだが、更に前に押し出すと鬼灯はとチョコを交互に見てから、それを一つ口に放り込んだ。
わずかに酒気の香るそれはコニャックを中に包んだ、EU地獄産のリキュールチョコレートだ。
「ほう……」
どうやらご満足いただけたらしい。
「珍しいチョコですね」
鬼灯は呟いて、もう一つ口の中に放り込んだ。
「地獄には置いてなかったので、桃源郷のショッピングセンターに予約して……」
「ああ」
合点がいったのか、鬼灯は小さく頷く。つまり、の遅刻の原因は完全に白澤のためというわけではないらしい。どちらがついでの案件かは分からないが、とりあえずフィフティ・フィフティの状態に彼は少し機嫌を良くした。
「……あのバカにもこれを?」
三つ目のチョコレートを頬張りつつ尋ねる。
「いえ、白澤様に差し上げると、そのまま酒盛りを始めてしまわれそうなので……」
つまり普通のチョコレートというわけだ。鬼灯は表情を変えぬままふむと思案すると、の手から箱を取り上げた。
「業務中に飲酒を強要した罰でこれは全て没収します」
三個も食べておいて今更な話だが、ともかく鬼灯の怒りは収まってくれたらしい。
「もともと鬼灯様に差し上げるためのものですよ」
はわずかに苦笑を漏らすと、お茶をいれてきますねと断って席を立った。
の居なくなった執務室で鬼灯はじっとチョコレートの箱を見つめ、バレないよう、四個目になるチョコレートをそっと口に含んだのだった。
end
チョコに興味はないが白澤さんがもらうのは気に食わない。
でも、白澤と違う珍しいチョコもらって、少し機嫌よくしちゃう。