076.背中越し
背中越しに感じる柔らかい感触に、ルートヴィッヒは耳の先まで真っ赤になった。ばくばくと鼓動を打つ心臓を落ち着かせるため、脳裏で延々と円周率を数える。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして」
と、ルートヴィッヒに背負われたが申し訳なさげに言う。手にはヒールの折れた靴。外出先でヒールが折れて、仕方なしに裸足で歩いていた所を見かねたルートヴィッヒが保護したという流れだ。最初はいわゆるお姫様抱っこで抱えようとしていたのだが、が恥ずかしがって猛抵抗したため今の形に収まった。やはり抵抗されても押し通すべきだったと、ルートヴィッヒは少し後悔している。
「め、迷惑などしていない。男として当然のことをしたまでだ」
ルートヴィッヒの照れ隠しに、は密かに笑みを零したのだがルートヴィッヒには見えていなかった。
しばしの沈黙が流れ、ルートヴィッヒは何か話さねばと必死に話題を探していたのだが、こういう時に限り頭は真っ白で気の利いた言葉が思い浮かばない。と、そうこしている内にふいにがぽつりと呟く。
「大きくなられましたね。本当に」
そしてまるでルートヴィッヒの成長を確かめるように、の指先が彼の背を撫で上げた。ルートヴィッヒの身体が挙動不審気味に跳ねたのをきっとは知らない。
ずっと昔の事だが、日本がプロイセンの憲法を元に憲法を制定しようとしていた頃、菊ももよくギルベルトの元を訪れていた。当然、幼かったルートヴィッヒにも出会っており、たいそう可愛がってもらった記憶がある。
以来、何かにつけてこうして子供の成長を見守る親のような顔をするのだが、ルートヴィッヒはそれがもどかしくもある。それではいつまで経ってもとの差は縮まらないではないか、と。とはいえ小さい頃にあんな事やこんな事をすべて知られているので、強く出ることなど出来ないのだが。
「あ、貴方はいつまでも変わらないな」
普段はお前や君呼びなのだが、思わず年上であることを意識した貴方という呼び方が口をついていた。
「そうですか?」
「ああ。いや……実を言うと幼くなったように感じた」
「やだ。私おばさんですよ?」
くすくすとは笑うが、それはルートヴィッヒの本心だ。
幼い頃はの事を今よりずっと大人だと感じていた。だが自分が成長してから再会したは、思っていた以上に小柄で、少女のような顔で笑うのだ。
この背に昔おぶわれていたなど到底信じられない、この細腕で抱き上げていたのかと驚愕した。確かに彼女はルートヴィッヒよりも何倍も長い年月を生きているだろう。ヨーロッパや北米のほとんどの国は彼女より若いに違いないが、それでもその姿は新興国のように若く瑞々しい。彼が子供だった頃には、感じなかった感情だ。
「フェリシアーノも俺よりずっと年上だがそんな風には見えない。それとおな……あ、いや、子供っぽいと言っているのではなくてだな」
悪い意味で言っているのではないのだが、どう表現すればいいのか分からずルートヴィッヒは困惑する。
「何というか……昔は貴方の事を東洋から来たお姉さんだと思っていたんだ。事実、貴方は俺よりずっと年上だったし、うちの兄貴なんかよりよっぽど落ち着いているからな。だが、今はその……貴方の言葉や行動を、可愛らしく思うようになってだな……」
言いかけて、一体自分は何を口走っているのだと慌てた。今のは忘れてくれ! と咄嗟に全否定する。
ああ、失態だ。こんな風に伝えるつもりはなかったのに。きっともっと良い言葉があったはずだ。大人の女性に可愛いなどと呆れられていないだろうか。俺としたことがマニュアルを忘れるだなんてあるまじき事だ。この失敗を糧に今度は今の三倍のマニュアルを読み込んでから……
延々と続く自責の念を止めたのは、背中越しにむぎゅっと触れる柔らかな感触。ルートヴィッヒの肩に手を置いたまま、がぎゅっと背を抱きしめたからだ。
再び爆発しそうな鼓動を抑え、ルートヴィッヒは恐る恐る振り返るとは耳の先まで真っ赤になって顔を伏せていた。
そして、消え入りそうな声で、
「あ、貴方はかっこ良くなられたと思います……はい」
end
この後、ルートのときめきやら愛しさがハート型になって大量に吹き出します。