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 健全な精神とは、健全な肉体に宿ると云う ――――
 ならば、国土を己が身とする我らは、如何なる状態を以ってして健全な肉体と言い得るのか。如何なる思考を以ってして健全な精神と成り得るのか。
 人の姿をし、人のような感情を抱き、寝て、食い、性行為に耽るこの身は、果たして健全なりや否や。



068.精神論





「きっと不健全でしょうね」
 ベッドに押し倒された体勢のまま、焦るのでも怯えるのではなく淡々と返すの言葉に、少なからずアーサーは傷ついた。今この状況で、しかもつい数秒前に愛していると告白した相手に言われて萎えない男は居ない。
 だが、はまっすぐにアーサーの翠の目を見据え同じ言葉を繰り返す。不健全です、と。
「私たちは確かに人のような姿をしています。人のように喜怒哀楽を持ち、同じ欲求を感じる事がある。でも、それは神様が分かりやすくそう創ってくださっただけで、正しい感情ではないと思うのです」
 するり、とアーサーの下から抜けだして、は上半身を起こす。崩れた襟元を整え、表情だけでなく佇まいまで何事もなかったような姿に戻す。
「お前……俺のこと好きって言ったじゃないかよぉぉ」
 今にも泣きそうな顔で、アーサーは顔を覆った。もちろん、べつに俺はお前のことなんてなんとも思ってないけどお前が好きっていうから等々、ツンデレな言い訳も忘れず、だが心は確実に砕けばらばらになっている。
「べつに嫌いではありませんよ?」
「じゃあ、俺とはこーゆう事したくないって意味か? ずっとお友達って意味だったのか!?」
 初めてのお泊りに一週間も前から胸をときめかせ、最高のもてなしを考え、家の隅々まで綺麗にしたのに、いざ寝室に入ったらこの反応。この場に来てお友達の好きでは、引っ込みがつかない。そもそもここに至るまでの間に、恋人のような睦言やキスを繰り返してきたのだ。
 だが、アーサーの質問には表情を変えないまま首を横に振る。
「そうではないのです。でも、アーサーさんの仰る人間のような恋人には成れないような気がして」
 なんでだよ、ともはや完全に泣きに入ってしまったアーサーを宥め、は繰り返す。私たちは国なのです、と。
「身も蓋もない話をしてしまえば、人が性欲を覚えるのは子孫を残すためですが、私達は子を成すことが出来ません。では、国が性欲を感じるのは何故でしょう?」
「んな事しるか、ばかぁ!」
「む。アーサーさんが先に健全だとか不健全だとか言い始めたのですよ?」
 の反論にぐっとアーサーは口を噤むが、まさかこんな議論に発展するなどとは思っていなかった。ただ口説き文句に、俺がお前を人間みたいに愛するのは健全か不健全か、口にしただけなのだ。
 ここで黙れと告げて、ベッドの上に引きずり倒すのは簡単。だが、アーサーの夢見たステディな関係はきっと訪れない。明日の朝モーニングティーを嗜む前に、きっとは怒って帰ってしまうだろう。
 独り悶々と理性と欲望の中で悶えていると、が静かな口調できっと、と言葉を続けた。
「国の性欲の根底にあるのは征服欲なのではないかと思います。国土を広めたいという無意識の国としての欲望が、現れたものではないかと」
「……俺はべつに香港とかシンガポールとかを抱きたいと感じた事はないぞ?」
「そうではなくて」
 くすりと笑みを零して、ふいにの唇がアーサーの頬に口付けた。柔らかなその感触に思考が追いつかず、アーサーは瞬きを繰り返す。
「私のこと、征服したいですか?」
 少しはにかんだような照れた顔での問いかけ。
 一瞬呆けた顔をしたが、アーサーが意味を悟った瞬間に恥ずかしくなったのかの顔が耳先まで赤くなる。返事がないのを失敗と勘違いしたのか、今のは忘れてください、と言いかけたその上からアーサーは言葉を重ねる。
「当たり前だろ、バカ」
 今度こそベッドの上に押し倒して、アーサーは一時の我慢も出来ないとばかりに、征服者の証を夢中で首筋につけた。
「あの、英領になりたいって意味じゃないですからね? 日本の港はあげられませんからね?」
「わかってる」
「あと他に領土広めようとしたら泣いちゃいますからね? 三行半突き付けますからね?」
「当然だ」
 予想外のの悋気にアーサーは口角を緩めると、
「お前は今日から俺のもの。俺も今日からお前のものだ」

end


もっと暗くて国同士の無機質っぽいけどドロドロした感じの話にしたかったのに、
大いに失敗しました。
国たちは無意識に相手のこと支配したいという、
ムラムラした欲求みたいなのを感じてるといいなぁ。
武力で侵略したいとかじゃなくて、その国での自分の影響力や関心を高めたいみたいな。
きっと明日からユニオンジャックのアイテムを必ず一つは身につけさせて、
誰か触れた瞬間、お前不法侵入なみたいな因縁をつけるんだと思います。