067.にわか雨
とぼとぼと雨の中を傘もささずに歩いていると、ふいに頭上に陰影がかかった。驚いて顔を上げると、トリコローレの配色の傘を掲げたフェリシアーノが心配そうに微笑んでいる。
「ヴェ、風邪ひいちゃうよぉ」
何故あなたがここに、浮かび上がった疑問は声にならなかった。ただただ胸が苦しくて、は雨とも涙ともつかぬ雫を拭うことも忘れ、その胸に飛び込んだ。
普段なら決してしないような彼女の行動に、ヴェッとフェリシアーノは驚きの声を上げるが、無理に問いただすような事はせずただ泣くに任せた。は背を震わせ、絞りだすような声で嗚咽を漏らす。
「今日……私の最後の戦友が、亡くなりました……」
それを聞いて、ああ……、とフェリシアーノは胸中で納得の声を漏らす。
あの世界を巻き込んだ大喧嘩から、日本という国は軍隊を所持していない。必然的に彼女の戦友となるべき人間は限られる。あの時代の彼女を知る者が、ついに居なくなってしまったのだ理解した。
「その人は……形式上、私の部下でした……まだ年若い彼が戦場に立つことを、あの時は悲しく……感じていました。でも……身分を偽った私に……とても、よくしてくれて……戦争が終わった後の話を、たくさん……たくさん、しました……」
雨の音にかき消されてしまいそうな、か細い声が言う。
長い歴史の中を生きるフェリシアーノにとっては、つい昨日のような出来事だ。あの頃のは今よりも尖っていて、いつも険しい顔をしていた。
身分を偽り、性別も偽証し、一人の人間として従軍していた。とは言え、一兵卒というわけにもいかず、それなりの肩書を持っていたのだろうが、周りの人間にしてみれば女性のような顔つきの ――――
事実、女性だが ――――
を上官として認められない者も居ただろう。負けないように、侮られないように、いつも必死で背筋を伸ばしていた彼女の事を思い出すと胸が痛む。
それでも、間違いなくそれはあの時代のの姿だ。その姿を知る者がまた一人、失われた。
「私……怖いです。みんな……みんな、居なくなって、私たちだけが取り残されて……何人も、何人も、過ぎ去っていって……そんな人達の事さえ、いつか忘れてしまうかもしれない……」
変わらないものなどない。それを象徴するかのように、自分たちのような者すら悠久の存在ではない。未来は常に明るいものだと誰が断言できるだろう。死なない身体を持つ彼らにとって、未来とは目隠しで歩く長い道なのだ。それに不安を覚えない者など、居るはずがない。
だからこそ大丈夫だよなどと、軽々しく慰める事は出来なかった。
「そっか。悲しいね……」
フェリシアーノはそっとの背に手を回し、包み込むようにその身体を抱きしめた。
涙が止まるまでの間、優しく背を撫で、言葉にする代わりにキスを降らせた。
俺が居るよ、と伝えられない事が辛い。
俺が居るよ。いつだってが辛い時は駆けつけるよ。悲しい時は一緒に泣かせて。でも ――――
それは永遠じゃない。
百年、二百年、何百年も先、ずっとこのままでいられる保証などどこにもない。この先の事など誰にもわからないのだから。
だからフェリシアーノは軽々しく未来を語らない。ただ、誓いを立てる代わりに、惜しみないキスを施す。
君を愛しているよ。そんな想いを乗せて。
「すみません……もう、大丈夫です」
一頻り泣いたは身体を離し、恥ずかしそうに赤くなった目元をこすった。
「貴方はいつも私が辛い時、側に居てくれますね」
ありがとうございます、と。照れくさそうに、だが嬉しそうに微笑む。
に笑顔が戻ったのを見届けて、フェリシアーノはヴェーと一声鳴いた。
「さ、帰ろ? 今日は美味しいパスタを作ってあげるね!」
「今日も、ですね」
ふふっと微笑んで、どちらからともなく手を結ぶ。が泣き止むと共に、空には光が差し始めていた。
柔らかなの手を握りしめ、フェリシアーノは思う。
嗚呼、どうか ――――
願わくば、どちらかがいなくなるその時まで、共にいられますように。
end
寿命はないけれどいつなくなるかもわからない、
きっと常人には耐えられない。