066.たぶらかす
「駄目です」
にきっぱりと拒絶されて、半兵衛はえぇ〜と不満げな声を上げた。
「いいじゃん少しくらい〜。だって疲れたでしょ? ね、ね、喉かわいたでしょ?」
と、性懲りもなくの手を引こうとするが、ぴしゃりと手をはねつけられる。こうしているとまるで聞き分けのない弟を叱る姉のようだが、実は半兵衛の方が干支一回り以上年上である。
と、それはともかくとして、先ほどから半兵衛が何に駄々をこねているかと言うと、分かれ道の先に見える一軒の茶屋である。
秀吉の使いで隣国へ遣いに出されたその帰り道。屋敷までもう少しと言うところで、突然、半兵衛が休みたいと駄々をこねはじめたのだ。
このまま歩き続ければ、今晩には着ける距離。もしここで休んでしまっては、屋敷にたどり着くのは明日の朝だ。
「駄目ですってば。秀吉様に書簡を早くお届けしなければなりません」
「え〜。こんなの別に急ぎじゃないよぉ。もし怒られたら、俺のせいだって言えばいいんだし。ね〜、〜」
「駄目です」
はぷいっと顔を背けると、半兵衛を置いてすたすたと歩を進めた。茶店とは逆の道の方へと進もうとするその背中を、半兵衛は恨めしそうに見つめる。
まったく頭が固いのも考えものだ。うら若い乙女が、そんなに仕事、仕事でいいものだろうか。
と、ふと乙女という単語をきっかけに妙案を思いつき、半兵衛はにんまりと唇の先を吊り上げた。
「あーあ、あそこの餡蜜、絶品なのにな〜。東屋のやつより評判いいのに、残念だな〜」
の足がぴたりと止まった。
東屋とはが贔屓にしている甘味所である。以前、柏餅を正則に盗み食いされたが、怒って正則を半殺しの計に処したのは記憶に新しい。
「まあ、は仕事の方が大切だっていうんだから仕方がないか〜。じゃあ、俺だけちょっと食べて行こうかな〜」
わざとらしく声を張り上げ、茶屋の方へと足を進める半兵衛。
と、背後から肩をがしっと掴まれて、半兵衛は振り返る。
「なに? 急いで帰らなくていいの?」
「それはっ、そうですけど……」
「いいよいいよ、無理に誘ったりしないから。だけ先に帰りなよ」
「い、いえっ、私には半兵衛様のお目付け役としての役割もありますし、それに餡蜜一杯くらい五分もかからないし……」
何かと理由をつけるに、半兵衛はにんまりと笑みを向けた。
「あ〜、も〜、素直に食べたいって言えばいいのにぃ〜」
と、なぜか嬉しそうな顔でがしがしとの頭を撫でると、善は急げとばかりにの手を取った。
「あ、餡蜜は逃げませんよっ!」
小走りに駆けていく半兵衛の背後で、がそう言うと、
「でも、は逃げちゃうかもしれないでしょ?」
と、笑いながら答えた。
end
真面目な子でも甘味には弱い。