065.重大発表
本田菊にとってフェリシアーノ・ヴァルガスは孫のような存在である。
彼のだらしない所、軟派な所、陽気で明るくふわふわとした所など、子供を見ているような気分になってつい甘やかしてしまいたくなる。
だからなのか、孫のとフェリシアーノが仲良くしている姿は微笑ましいし、眺めているだけで思わず顔が綻ぶ。爺得です、などと胸中で呟きつつ、小動物のじゃれ合いを見るような気分で二人を見守っているのだった。
が、
「……はぁ?」
その時、菊の手にしていた湯のみが盛大に砕け散り、ギルベルトの額にぐさりと破片が突き刺さった。
痛ぇ! と叫びかけたその口を菊はがしりと片手で掴むと、笑顔のまま凄みかける。
「貴方、何を言ってるんですか?」
「むー、むむむむむむ!」
「何言ってるのか全然わかりませんが、先に言っておきます。そんなの絶対私が許しませんから」
にっこりと微笑んで菊はギルベルトの手を離すと、お茶のおかわりを持ってきますと立ち上がった。その後ろ姿を恨みがましい目で睨みつつ、ギルベルトは胸中で毒づく。
あのジジ馬鹿ヤロウ。俺様がちょっと冗談で、フェリちゃんが婿になれば本当の孫になるじゃねぇかって言ったくらいで ――――
げほげほとむせ返りながら、だいたいそれの何が悪いと顔をしかめた。
いくら国とはいえ、だっていつまでも子供ではない。誰かと恋をすることもあるだろうし、いつまでも菊が一番ではないのだ。
の幸せを思えばこそ、そこは暖かく迎えてやるべきだろうに。
やれやれと肩を竦め、煙草をふかしていると、遠くからフェリシアーノがギルベルトに向かって手を振った。へらりと頬を緩めて手を振り返すと、フェリシアーノはまるで子供のような顔で駆け寄って来た。
「ねーねー、菊はー?」
「ん? あー……そのうち戻って来るだろうけど……どうかした?」
尋ねると、フェリシアーノはえへへ〜と頬を染めて照れ笑いをする。天使のような微笑みにギルベルトが鼻の下を伸ばしていると、フェリシアーノは嬉しそうに両腕を広げた。
口でパンパカパーンとトランペットの音真似をすると、
「重大発表です! 俺とは婚約しましたー!!」
「…………ん?」
ギルベルトの手の中で、火の着いた煙草がぶちりと真っ二つに破けた。呆然とするギルベルトを無視して、フェリシアーノは自分で拍手をしつつ、自分の言葉で照れている。
「えええええええ、フェリちゃん、それって」
「うん。婚約発表だよー」
「いやいや、そうじゃなくって、それって今だいぶヤバイ話題だぜ。俺様的にはおめでとうってスゲー言いたいけど、もう少ししたら鬼ジジイが帰ってくるから黙ってた方がいいぜ。ジジイに縊り殺されちまう!」
「ヴェ?」
きょとんと小首を傾げるフェリシアーノ。純朴なその姿にフェリちゃん可愛いぜーなどと胸中で叫びつつ、鬼に聞かれてはいないかとギルベルトは辺りを見回す。
と、
「誰が鬼ジジイですって……?」
後ろを振り返った所で、片手を熱湯で滴らせた菊と目が合った。菊の足元には新たに砕かれた湯のみの破片が広がっており、ギルベルトは己の死を覚悟する。
だが、フェリシアーノの存在を思い出し、ギルベルトは咄嗟にフェリシアーノの口を掌で覆った。せめてフェリシアーノだけは助けなければと必死に弁明の言葉を探す。
「ま、待て、本田! ここは落ち着いて ――――
」
と、その時、
「お祖父様〜、今日はフェリシアーノ様がパスタを振舞ってくださるそうですよ!」
花柄の声が響いたかと思うと、途端に菊から殺気が抜けた。さっと一蹴りで湯のみの残骸をつま先で遠くに弾き飛ばし、何事もなかったかのような顔でを迎える。
「先程、フェリシアーノ様が毎日パスタを作ってくださると約束してくれたのです。ふふっ、毎日だなんて、今日だけで十分ですのに」
「それは楽しみですね。では鍋の準備でもしましょうか」
「はい!」
にこにこと微笑みながら、菊とが台所の方へと消える。
ようやく鬼が遠ざかりギルベルトが安堵の吐息をついて手を離すと、フェリシアーノは不思議そうな顔でぽつりと呟いた。
「ヴェー。日本では味噌汁作る約束がプロポーズになるって聞いたんだけど。パスタは一日だけでいいって事かな?」
end
「毎日、味噌汁作ってください!」のパスタ版。
私の書くギャグ話ではよく湯のみが粉々に弾き飛びます。