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064.ひれ伏す





 常春の楽園に住まうからこそ、時に連綿と続く平和な日々に嫌気が差すこともある。飢えも老いも乾きも感じず、暑くも寒くもない常春の楽園で、怠惰な生活を送っているからこそ感じる贅沢な悩みだ。
 この関係に特に不満は感じない。
 すごく好かれているというわけではないだろうが、嫌われていると言うことはないだろうし、101回目どころではない何百回というプロポーズもまるで挨拶を交わすように伝える事が出来る。進展がないのはまあ不満の一つだが、それでも好きな子が週に一度は訪ねてきて、お喋りしたり一緒にお茶を飲んだりするような関係は、自分も嫌いではないのだ。
 だが、たまに ―――― そんな平和を一気にぶち壊したら、一体どうなってしまうのだろう、と好奇心に駆られることがあるのだ。
 例えば、ハーブティーのグラスを傾けている彼女の手を取って、抵抗するもう片方の手も拘束してしまう。パリンと音を立ててグラスが砕ける音も、不穏な雰囲気を察して逃げていくウサギ達も気にせず、両手を掴んで顔を寄せる。
「ねえ」
 と、挑発するような顔で笑って、
「どうしてちゃんは僕に本気になってくれないのかな?」
 その時彼女はきっと困惑した顔か、怒った顔で抵抗するだろう。というか、男性恐怖症が治りきっていないのだから、こんな自分に恐怖を覚えるかもしれない。
 じっとりと嫌な汗を浮かべている彼女を見下ろしながら、白澤は笑みを深める。
「何度も誘ったのに。こっちへおいでって。地獄なんて君が居る場所じゃないよ」
 これもきっと抵抗するだろう。あそこは私の職場です、私は地獄の獄卒です、そんなどうでもいい事を言うかもしれない。
 ああ、本質をわかっていない、と自分はきっと少し苛ついてしまう。
「そんなこと関係ないでしょ? 君は姑獲鳥なんだよ。僕が……白澤が命令しても聞けないの?」
 冗談っぽく笑いながら、薄く目を細めてみようか。きっと捕まえた手から彼女の恐怖が伝わってくるに違いない。
 カタカタと小刻みに震える手を、自分の手の平で覆う。
「自分の立場というのが分かっていないね? ちゃん」
 その言葉できっと理解するはずだ。そもそも彼女は自分の立場というものを忘れられるはずがないのだ。
 同じ中国妖怪に属する白澤と姑獲鳥だが、その関係は上司や部下といった社会的な集団に伴う関係とは比べ物にならないはっきりした上下関係が結ばれている。それこそ一時的な上司である鬼灯との関係などより、もっと根本的な場所で繋がっている。
 一種のヒエラルキーとして、生態系の中ではっきりと上と下が決まっているのだ。現世で人間がその頂点に立つように、当然の如く白澤はその一番上に座す。そして姑獲鳥は長である白澤に比べれば、その下の有象無象の一つでしかないのだ。
 そんな彼女が、果たして白澤の命に逆らえるだろうか。存在の序列を無視して逃れられるものなら逃れてみればいい。到底無理にきまっているだろうが。
 それでも抵抗するようなら、いよいよ以ってこう言わなければならないだろう。少しだけ苛立たしげな空気を纏って、唇の笑みを消し、一言それじゃあしょうが無いとこれ見よがしに落胆してみせて。
「そんなに逆らうなら、力づくでモノにしたっていいんだよ?」
 身体を動かせないように術をかけてやろうか、少し痛い目に遭わせてやろうか。自分が籠の中の鳥だと自覚がないのなら、それを分かりやすく教えてやればいい。
「生き物というのは残酷だね。どんな者でも常に、誰かの手の内に自分の命がある事を意識しなくちゃいけないなんて。でも安心するといいよ。なにも僕は、君の命が、欲しいわけじゃないからね?」
 季節の巡らないこの桃源郷には、いくらでも時間は溢れている。


「……と、言うのが僕の夢なんですが、どうでしょうか」
 プスプスと白衣の背を焦がしながら、白澤は地面に両足をついて滔々と語り続けた妄想を終えた。カウンターの上に行儀悪く腰掛けたは、言いたいことはそれだけですか、と青白い炎を指先で弄びながら白澤を見下ろしている。
「力づくで女性を思い通りにしようなんてサイテーです、白澤様! 見損ないました!」
「ちょっと待って! まだこの後つづきがあって、最初は嫌がって抵抗したりするんだけど、そのうちそれがヨくなっちゃったりしちゃって、最後はめでたく相思相愛に……」
「なるはずないでしょう! 女性を襲った時点で強姦罪に問われますよ!? そんなに衆合地獄に落ちたいのですか!」
 まあ都合の良い展開だと思うが、真っ向から法を武器に否定されてしまった。地獄の法に照らし合わせてたらロマンスなんて生まれないんだけどなぁ、とぶつぶつ呟いていると、聞いているのですか! と叱られた。
 仕事病なのかどうか分からないが、は切々と法治社会としての地獄と、地獄に落ちた後の罰について言い聞かせている。そんなものは馬に念仏、馬蹄類の白澤の耳に入るはずもない。
 説教一つでのサイテーを返上出来るなら、このまま黙って聞いているのもやぶさかではないのだが ――――
 本気だしたら本当にそういうコト出来ちゃうんだけどね。まあ、しないけど。
 薄い笑みを唇に浮かべつつ、全く懲りていない白澤なのだった。




end


これはシリアスなのか狂愛なのか、それともギャグなのか、ほのぼのなのか。
何が書きたいかと言うと、ちょっと黒い白澤を書きたかっただけなのです。