そうねねが言いつけたのだと言う。
昔の事だ。
なぜ自分たちに構うのだとかつてに尋ねた時、そう答えたのだ。その回答に少しだけ落胆と安堵したのを覚えている。自分に構うのは特別な理由ではないが、同じように清正や正則を構うのはねねの言いつけがあったからだ。
自分はの特別ではないが、他の二人もそうではない。
その事を知って落胆と同時に安堵を覚えた自分に、淡い自己嫌悪を感じた。
060.要
軽快な足音を耳にし、三成は内心ため息をついた。
「か。説教なら聴かぬぞ」
振り返りざまにそう告げると、は少しだけ苦笑を漏らした。
「説教されると思っているなら、あんな風に言わなければいいのに」
「性分だ」
ぷいと三成が顔を背けると、は苦笑を深めた。
先ほどでの軍議での事だ。つい官兵衛に向かってつっかかるような口の利き方をしてしまった。官兵衛はいつも通りの仏頂面で特段気を悪くしたようには見えなかったが、軍議のあとこうしてが苦言を呈しにやって来たという事は、やはり相手の機嫌を損ねるような言い方だったのだろう。
「ねえ、三成」
と顔を背けた三成の前に、は回りこんで名を呼ぶ。
「私は三成の事を心配してるんだよ?」
「俺に心配など不要だ」
「そんな事いって。いつまでも子供じゃないんだから」
ため息をつくに、誰が子ども扱いしているのだ、と言い返したくなった。の物言いは幼い頃から変わらない。ねねのようにきついお説教ではないが、たしなめる様な言い方は幼子に対するそれと何ら変わらない。
「お前にとって……俺たちはいつまで弟でいればいい?」
「あはは。三成も清正も正則も、みんな私の可愛い弟分だよ。ここが私たちの“うち”なんだから」
秀吉がいる場所、ねねがいる場所。それが自分たちの帰るべき“うち”であること、その事に反論はない。だが、それがずっと同じでいられるとは、とても三成には思えなかった。現に自分は、の弟扱いに嫌気が差して来ている。
本当はちゃんと一人の男として見て欲しいのだ。弟ではなく、男として。
だが、それを口にするのは憚られる。それを口にした瞬間、この家を否定したような気が、秀吉の築き上げたものを拒んでしまうような気がした。を女として手に入れる事は、その平和な構造を根幹から壊してしまう後ろめたさが伴うのだ。
背徳と呼ぶほど大袈裟ではなく、だが自然と言うには違和感に溢れているこの感情。
火のついた長い導火線の先には一体なにが転がっている?
「俺に”姉”は不要だ」
「はいはい、煩いこと言われたくないならしっかりしなさいね」
ぽんと肩を叩かれ、そのまま去って行く背中。官兵衛の元へ戻るのか、それとも他の弟分の所へ行くのか。
とっさに安全な男を思い浮かべた事に、落胆と同時に安堵を覚え、そしてうざったいような嫌気が自分に差したのだった。
end
十代後半くらいの生意気盛りな頃のお話。
進展したいけど、それが日常を壊すきっかけになるような気がして、なかなか踏み込めない。
まだ大丈夫と安心しつつ、自然に自分に都合のいい事を考えている事に気づいて自己嫌悪。