059.乱れ髪
早々に意識を手放してぐったりとベッドに沈んでしまったの寝顔を、神威はまじまじと見つめていた。先ほどまでの行為の激しさを表すような汗の浮かんだ額に、ぺとりと張り付いた前髪を払ってやる。
幼さの残る顔を眺めつつ、これは一体なんだろう、とふと考えた。
首筋から鎖骨にかけて幾つも散らばった所有の証。犯人は自分だが、なぜこんなにも痕ばかり残すのだろうと、自分のことながら不思議に思った。肩口には噛み跡。背中には指跡。さらさらの髪は今はシーツの上に散らばって、むしろばらばら。残滓の残る白い太ももは弁解の仕様もないほどに、神威自身がしたことに違いないのだが、冷静に戻ればどうして自分はこんな事をするのだろうと不思議に思えてくる。
自然な生理現象なのだから性行為を否定するつもりはない。だが、まざまざと白い肌に残るキスの痕や、噛み付いた歯型はフラストレーションを発散させるだけなら、むしろ不要なものだ。
そこらの娼婦を相手するように、ただ組み付して突っ込んで放てばいいだけ。口づけも愛撫も口説の言葉も必要ないはずなのに。
自分も大概甘ちゃんなのだと溜息を漏らさずにいられなかった。
愛や恋などと口にするのは気味が悪いし、明るい家族計画を考えているわけでもない。むしろと共に暮らす十年後の未来が想像できないし、自分が家庭を築く姿など想像しただけでぞっとする。
だが、の居ない十年後というのも逆に想像が沸かない。むしろ今の状態のまま十年後を迎えるだろうというのが、一番容易く想像できる未来だった。
「ん……」
の髪を片手で梳いていると、ふいに閉じられていた瞳が薄く開かれた。寝ぼけ眼の赤い瞳がこちらを見返す。
「君は俺のなんだろうね?」
目覚めと共に向けられた質問に、はぼんやりとしたまま、何の話? と返した。
「恋人じゃないの?」
「うん、そう。恋人、愛人。他の誰かのじゃなくて、”俺の”もの」
これが誰か他の男のものになると考えたら、無性に腹が立った。どんな経緯でそうなったにしろ、誰に断って人のものに手を出すのかとものすごく不愉快になった。きっと殺す、指を触れた瞬間殺す。仮に神威からを手放すような事があったとしても、その後のが誰かとこうしているなんて胸糞悪くて仕方がない。
捨てる時にはこの女を殺そうと、自分勝手な事を考えてようやく神威は自身の気持ちを落ち着かせる。
「また勝手なこと言って……」
は呆れた顔をしたが、妙に納得しているようでもあった。にとっても、神威がそうする可能性というのは簡単に想像できたのだ。理解は出来ないし、そんなことになったら自分もむざむざ殺されるつもりはない。だが、神威がそう考えるのは、どこか神威らしいと思えた。
「だってさ。携帯電話とかカードとか、使わなくなっても他人にやったりしないじゃん。俺のものだったんだから、誰かにリサイクルなんてさせない。誰かの手に渡らないように破棄するでしょ? それと同じだよ」
「べつに私は神威の個人情報じゃないけど?」
「でも似たようなものじゃない?」
「ああ、所有物ね」
「そう。恋人、愛人、所有物……うん、それが一番しっくりくる」
だから誰かの所に行ったりしたらだめだよ? そんな事したら、俺はそいつも君も殺さなくちゃだから。
そんな事を耳元で囁いて、首筋にキスと呼ぶには甘さの欠ける口づけを落とす。ちりっと熱を持った痛みが走り、神威は顔を離すと満足そうに傷跡を指先で撫でた。
「ちゃんと名前残しといたから。他の奴に盗られないように消えないようにしないとね」
end
当然そこにあるべき自分のもの。
結局は惚気けで甘々です。