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054.理解不能





 頭を撫でられるのは、嫌いではなかった。
 白く、体温の低い、白磁のような指先が髪をかき分け、愛おしむように頭皮を撫でていくのが心地よかった。共に投げかけられる微笑みも、柔らかな声音も、その時だけは全て自分のもので、それがとてもともて嬉しかった。
 だが、あれから何年か経った今では、嬉しさよりも照れくささがそれを凌駕する。
「こんにちは、ルートヴィッヒ君」
 にこにことほほ笑みながら、まるでそれが慣習の一つであるかのように、は俺に向けて手を伸ばした。もうの背丈では俺の頭部に手は届かない。仕方がないから少しだけ屈んで頭を差し出すと、嬉しそうには俺の頭を撫でくり回す。
「はぁ……落ち着く触り心地です」
「そ、そうか……」
 俺の方はまったく落ち着かないのだが、の嬉しそうな顔を見ると言い出すことが出来なかった。
 思えば、と同じくらいの背丈になってから、この慣習に疑問を覚え始めた。背丈を越すくらいには、恥ずかしくて仕方がなくなっていた。
 何故なのかはよく分からないが、きっとエリザベータにづけで呼ばれるのと同じような感覚なのだと思う。現には俺のことをルートヴィッヒ君と呼ぶ。ずっと昔に、兄さんに弟子入りしていた頃、呼んでいた呼び名のままだ。要は子供扱いが嫌なのだ。俺はもう大人の男だ。
 だが、何度も止めて欲しいと言おうとしたのだが、その度に口に出すことが出来ず後で苦悩する。なぜ俺は自分の意見を正直に伝える事が出来ないのだ。常日頃、菊に対して自分の意見をしっかり持てと言っているのに、これでは人の事など言えない。
 俺が悶々と思い悩んでいると、どこからともなくフェリシアーノの甲高い声が響いた。
「ヴェー、ずるいよ、ルート〜。俺もに頭撫でて欲しいでありますー」
 タックルを食らわせるように俺の隣りに飛びつくと、フェリシアーノは頼まれてもいないのに自分の頭をの方へと向けた。
「ふふふ、仕方ないですね。フェリシアーノ様は」
 がくすくすと笑いながら、俺にするのと同じようにフェリシアーノの頭を撫でる。
 猫のように目を細め、フェリシアーノはもっともっととの身体に擦り寄った。身体に触れるのが好きなやつだから、それもいつものスキンシップの一貫なのだろう。そう、挨拶の延長、それ以上でもそれ以下でもない。
 そう思おうとしていたのだが ―――― 俺は思わず、フェリシアーノの頭を撫でるの手を、掴み上げていた。
「え?」
「ヴェ、ルート?」
 不思議そうな顔で見上げる二つの視線。
「そ、その……女性が成人男性の頭を、不用意に撫でるものでは……ないと思う」
 はきょとんという擬音語が浮かびそうな顔で、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。大きな黒い瞳が俺を映している。そう思うだけで、訳の分からない恥ずかしさがこみ上げて赤面する。
 これ以上見つめられたら、俺は熱視線で解けてしまう。真剣にそんな危機感を覚えていると、ふいにが顔を曇らせた。
「ごめんなさい。そうですね、私ったらいつまでも子供扱いして。申し訳ありませんでした」
「い、いや、今まで言わなかった、俺も悪かった」
「出会った頃の可愛らしいお姿が忘れられなくて、つい……」
「いや、それは忘れてもらって構わないのだが……」
 は少しだけ寂しげな顔で笑った。そして俺の前に居直ると、今度は深々と頭を下げる。
「今まで数々のご無礼失礼いたしました。呼び方も……これからはルートヴィッヒ様とお呼びしますね」
「あ、ああ……」
「ヴェー、俺はいつでも触っていいんだよ? みたいなベッラに触られるなら俺はいつでも歓迎」
「お前も駄目だ!」
 俺達のそんなやりとりを、はくすくすと笑いながら見ている。そして俺と目が合うと、黒い大きな目を細めにこりと微笑んだ。
 途端、どうしようもない恥ずかしさがこみ上げて、俺は耳の先まで熱がこみ上げてくるのを感じた。
 何故だ。はもう俺を子供扱いしない。不用意に触れないし、君付けの呼び方も改めた。なのに、なぜ俺は恥ずかしいんだ!
「そ、そろそろ俺たちは失礼する。次の会議があるからな!」
「はい、ではまた後ほど」
 別れを惜しんでヴェーヴェーと泣くフェリシアーノの首をがっちりと掴み、俺は会議室へと向かった。これからの会議に集中できるだろうか。意味不明な熱は未だ引かず、の微笑みが頭から離れない。
 その時、
「あーあ。ずっとマンマで居てくれて良かったのに」
 ぽつりと呟いたフェリシアーノの言葉に、俺は疑問符を浮かべた。
「おい、どういう意味だ」
「べつにー。ルートはまだ気づかなくっていいよー」
 どこか拗ねたようなフェリシアーノに俺の疑問は募るばかりだ。
 ああ、くそ。この理解不能な気持ちを解決するには、どんなマニュアルを読めばいいのだ。

end


ギルに弟子入りしていた時、ルートは小さかったので、
きっと君呼びだよねって思ったら可愛くて仕方なくなった。
フェリが若干黒いのはいつものこと。