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053.駆け引き




 戦塵の立ち込める戦場は逢瀬の場所としては相応しくない。
 常にその場所は、悪いもので満ちているからだ。
 誰も傷つけずに勝てる戦など無いように、何の欲望もなく勝ち得る勝利もない。そもそも戦に臨むということ自体、誰か個人の野望であるからだ。
 仮に平和や自由といったものが大義名分に掲げられていたとしても、それはもう片方にはそうでない。人の数だけ正義や信じる神があるように、それはもう一方にしてみれば悪徳に満ちた真逆のものなのだ。
 そんな場所へなぜ好んで向かうのか、鬼灯は一度に尋ねた事がある。
 あの憎たらしいあやかしは、
「だって戦場に来れば鬼灯様に会えるから」
 と、したり顔で言ってのけた。
 下界で大きな戦が起きればあの世は一気に繁忙期になる。戦で死んだ人々が列を連ねてやって来るからである。
 だから鬼灯はその準備態勢を整えるため、戦が起こりそうな時期を見計らいこうして地上に視察に来るのである。両陣営の規模、兵士たちの状況、兵器、策略に至るまで、細かに調べ上げてだいたいの死者の数を試算するのである。
「貴方は私に会いたいのではなく、人の魂をより間近で多く見たいのでしょう」
 呆れてそう言い返した。
 幼い頃からこの姑獲鳥は人の魂を好んだ。それが姑獲鳥の性なのだとしても、ここまで人間の世界に関与しようとするのはくらいなものである。
「うーん、それもありますけど……やっぱり鬼灯様に会いたいから」
「だったら地獄へいらっしゃい。いつでも血の池地獄で歓迎しますよ」
「あはは、それはまだ遠慮しておきます。まだまだやりたい事もあるし――――それに、地獄に行かなくても、こうして鬼灯様は来てくださるでしょう?」
 くすり、と姑獲鳥が艶やかな笑みを浮かべる。
 まるでに会う為に、鬼灯が地獄からやって来てくれるのだと――――自信に満ちた挑発的な瞳が云う。
 他の獄吏ではなく、わざわざ鬼灯自ら。この戦塵の立ち込める戦場へやって来る。
 一拍の後、馬鹿なことを言わないでください、と鬼灯はそれを一蹴した。
「閻魔大王の仕事に大きく関わるからこそ、こうして第一補佐官である私が現場に来ているのです。でなければ、こんな場所に足を運びません。私は忙しいんですよ」
 そう――――地獄に戻れば仕事は山積みだ。きっと執務室の自分のデスクの上には、書類が山になって積まれている事だろう。金魚草の世話を忘れるほどに忙しく、ろくに有給も消化していない。むしろ休日出勤は当たり前、残業、徹夜のオンパレードだ。
 だから決してそんな事はありえない――――
「仕事でなければ、私がここに来る理由など欠片もありません」
 そう言い放った鬼灯に、はどこか嬉しそうな笑みを向けたのだった。




end


とか言いつつ、他の官吏が行こうとしたら、
いえいえ、勝手は私の方が心得ているので、とか言いそうな鬼灯さんでした。