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052.密着





 べたべたという表現を用いるべきか、ごろごろという表現を用いるべきか。
 官兵衛の脇にぴったりと密着して、猫の仔のように額を擦り付ける様をまじまじと見せつけられ、半兵衛は知らず己の眉間に皺が寄っている事に気づいた。
 彼の同僚である黒田官兵衛およびは師弟の関係にある。幼い頃に官兵衛がを助けたという経緯もあり、は並々ならぬ敬愛の念を抱いている。兵法や勉学にとどまらず様々な知識を授け、いわばは官兵衛が育てたと言っても過言ではなかった。
 そんなわけで二人の仲は一般的な師弟の枠に収まらない。むしろ一般的な兄妹や家族の枠にも収まらないのではないかと思う。の官兵衛に懐く様は、おそらく飼い主と飼い猫とでも表現するのが一番良いのだ。
 だが、
「何してんのキミタチ」
 端からみればいい年した男女なのだから、イチャイチャしているようにしか見えないのだ。同じ執務室でこんな姿を見せつけられてははっきり言って迷惑である。
「何、とは?」
 と、いつもの無表情を向ける官兵衛。その声に反応しても不思議そうな顔を上げる。
 まるでこちらが間違っているかのようなこの状況に、嗚呼やだやだと半兵衛は声に出してかぶりを振った。
「だからそれだってば。なんでは官兵衛殿にしなだれかかってんの。なんで官兵衛殿はそれを当然として受け入れてんの。って、なんで普通にの頭撫でてんの!」
 言い放ってしばらくの沈黙の間。そして疑問符を頭上に浮かべて互いに顔を見合わせる二人に、半兵衛はああもう! と癇癪を起こした。
「男女が密着するのは帳の中で乳繰り合うときだけでしょ! そういう仲じゃないんだから、俺の前でイチャイチャしないでよ!」
「あの、誤解があるようですが、私達はべつに……」
「ならその手は変でしょ、その手は!」
 とうに半兵衛の言いがかりの相手に飽きてしまった官兵衛は、手元の兵書を読む作業に戻っていたのだが、その間にも至極自然な動きで官兵衛の手がの頭を撫でていた。まるで猫が近寄って来たから頭を撫でてやったとでも言うような、自然な流れだ。
「あー、もう本当にこの師弟は!」
 半兵衛は金切り声を上げると、べりっと擬音語がなりそうなほど思い切り二人の仲を引き離した。そして、邪魔者上等、二人の間を割くようにその間に自分の身体をねじ込ませる。
「これでどう?」
 ふふんと鼻を鳴らしてどこか勝ち誇った顔。
 の言うとおりただの弟子としかの事を思っていない官兵衛は、すでに関心が失せて読書に耽っていた。で一般的な認識からずれていようと、官兵衛との間に師弟以外のものは感じていないので、半兵衛の挙動に戸惑うばかりである。
 ふいにはああ、と声を上げ合点がいったように手を叩いた。
「半兵衛様、こうですよ」
 と、半兵衛の肩を横から押して官兵衛の方へともたれかかる。そして、自分も半兵衛の肩にもたれかかって二人して、官兵衛にしなだれかかるような形になった。
「え? なにこれ」
「居心地よくないですか?」
「ん……まぁ、人の体温はぬくいけど……って何これ?」
 いつの間にか二人のイチャイチャに巻き込まれていた半兵衛は、素っ頓狂な声を上げる。だが、は半兵衛の意図も解さずえへへ、と笑ったまるで猫の仔のように半兵衛の肩に擦り寄った。
「私はこうしてると落ち着きます。お二人の側に居れるのはすごく嬉しいです」
 口説いているのでも、惚気けているのでもなく ―――― それこそまるで人好きな飼い猫が、歩いている時でも足にまとわりついて、座っていれば膝に乗って、膝が開いていなければ傍らにぴとりと寄り添ってくるような、そんな言葉だ。
 普通にこの子は官兵衛の事を好きすぎるのだ。そして官兵衛もそれを、したいようにさせている。
 二人が猫の姿ででも居てくれれば分かりやすいのに、この二人はそれぞれに歳を重ねた大人であり、それなりに顔も整った男女であり……
「君たちやっぱり変だよ」
 脱力して呟きながら、半兵衛は官兵衛がそうしていたようにの髪を撫で、は猫がそうするように気持ち良さ気に目を細めた。




end


半兵衛をツッコミ兼ツンデレ役にしたらヒロインの性格が変わりました。
軍師組が揃うとほのぼのする。