050.近況報告
桜の時期が過ぎ、つつじの頃になると、大阪城へ赴きかつて子飼いと呼ばれた将たちが顔を合わせる。いつの間にか恒例となっていた年間行事である。
それぞれに近況を報告し合い、懐かしい面々の顔を眺めてお開きとなる。
秀吉やねねに逢えるのは嬉しいが、正直三成や官兵衛と顔を合わせるのは億劫になっていた。特に三成と顔を合わせるのは、清正にとって一年の中でも大きな憂鬱ごとである。
子供の頃はそうでもなかったが、育つに連れて軋轢は増え、互いに距離を取る様になった。もはやどうにも埋められない隔たりが二人の間にある。それでも大人になったのだから、と無理をしてでも顔を合わせねばならなかった。特に秀吉やねね――――そして、の前では偽りでも良好な関係を見せなければならなかった。
「みんなが変わりなくて安心したよ」
紅い内掛けをまとった女が、弱弱しい笑みを浮かべた。
秀吉が天下を治めると共に、軍師の職を辞したは今は大阪城で暮らしている。秀吉夫妻の実の子ではないが、扱い的には養女のようなものだった。
「お前は……少し痩せたか? 身体はいいのか?」
矢継ぎ早に尋ねた清正に、が苦笑を漏らす。を困らせるなとでも言うように、三成が無言でわき腹を突いた。
体調が良くないのだと話には聞いていた。もともと身体の弱いたちだったが、軍師を辞めたのもそれが第一の原因らしい。以来、こうして城の中に引きこもって暮らしているのだと。
「困ったものだね。平和になった途端、身体ががっくり来ちゃって。平和になった今こそ、旅に出たり、色んな物を見たり、自由を謳歌すべきなのに……もっと、色々見たかったなぁ」
そう言って目を細めるの姿が、何か不吉なものを暗示しているようで、清正はぞくりと背筋を振るわせた。
「……行けば、いいだろうが」
願いを込めて告げると、はふっと柔らかな笑みを零して首を横に振った。
「駄目だよ。秀吉様が赦してくださらないもの。それにおねね様に心配かけられない……」
二人もの背負う不吉な影を、清正たちよりもより近い場所で、ひしひしと感じ続けているのだろう。せっかく平和な世が訪れたというのに、まるで花が萎むようにの病状は悪くなるばかりだ。まるで乱世の終わったこの世に、自分は要らぬとでも言うように――――
旅など赦してしまえば、何が起こるかわからない。全国周遊の旅が、そのまま黄泉への旅路となってしまいそうで、それを恐れている。だからこの城の中で、大切に――――命の欠片を絞りつくすように、間延びした生を教授しているのだ。
「乱世に慣れすぎていたせいで、気が緩んだのだろう。まずは病を治す事を優先しろ。どうせお前の事だから、苦い薬は嫌だとか、粥は味気ないだとか、わがままを言っているのだろう」
「あはは。バレた?」
三成の冗談に、が笑みを浮かべて乗っかった。
「文句を言わず身体に良いものを食え。病がよくなったら、俺が奥州でも九州でも好きな場所へ連れていってやる」
「うん。ありがとう、三成」
まるで幼い少女のような顔で、は嬉しそうに頷いた。
「馬鹿が」
の部屋を出た瞬間、三成の冷たい罵倒が浴びせられた。清正も負けじとその澄ました顔をにらみつける。
「お前に馬鹿呼ばわりされる筋合いはないと思うがな。出来もしない夢を語って、を慰めたつもりか?」
はきっと、どこへも行けない。それを互いにわかっているのに、あんな口約束をするなどが可哀想だ。だが、三成はふん、と鼻を鳴らして、清正を見据える。
「では、現実をつきつけてやれば良かったか? お前はどこへも行けない。きっと後数年で、この大阪城で……」
「言うな」
鋭い声で清正が遮ると、三成は明らかに不快感を露わにした。
「お前は俺の事を現実の見えていない理想化と馬鹿にするが、俺にしてみればお前は小さな現実に縛られている愚か者だ。真実が必ずしも人を幸せにするとは限らん。事実はただの事実にすぎん」
「だからって口先の嘘を並べ立てるのか? 俺はそんなものが人を救うとは思わない」
「救われるかどうかは重要ではない。救いたいかどうかだ。河で溺れている人間を見て、お前は手を差し伸べないのか? 仮に助けられなかったとしても、手を伸ばすのと伸ばさないのと、お前は同じだといいたいのか?」
「違う! 俺はを救いたくないわけじゃない。ただ嘘をつきたくないだけだ」
話にならんな、と腕を組んだ三成が詰まらなそうに呟いた。
三成の言いたい事は分かるが、清正にも理由がある。清正が夢を語らないのは、の現実を受け入れようと必死だからだ。が一番この現実を悲しみ、恐れている。だからこそ自分は同じ物を見て、それを分かち合ってやりたいだけだ。夢を語って目を背ける事はたやすい。だが、夢から覚めたその瞬間ほど、泡沫の夢を切なく感じる事はないだろう。目覚めて涙を零す、そんな夢をに見せたくない、それだけだ。
「好きにしろ。俺は夢を夢のままにするつもりなどない。何度断られようと、秀吉様に進言し続けるつもりだ」
三成はそういい捨てると、くるりときびすを返した。
「俺は……現実から目を背けたくないだけだ……」
誰にともなく呟いた清正の言葉に、応える声はどこにもなかった。
end
ハッピーエンドではないし、
清正がちょっと可哀想なので、044.職人気質に続きます。