049.共有物
私は港町ですから、船を迎え、送り出すのが仕事なんです。
そう言ってやんわりと、想いを拒絶されたのだと知った。
どの国の船を迎えどの国の船を拒むのか自身に決定権はなく、長く鎖国を続けて来た日本は相手を選り好みできるような立場でもない。
がその事を嫌悪していないだけでも、まだいいのかもしれない。布団を被って開国を恐れていたのも一時のこと、今や文明開化を率先すべく異国の文化を積極的に受け入れようとしている。
だが、その異国は世界と同義語で、決してどこか一国を指すものではなかった。
「貴方とはこれからも仲良くさせていただきたいと思っています。貴国の建築物や絵画にとても感銘を受けまして、文化的な交流も是非にと」
八つ橋に包んだ、傷つけないようにと配慮された言葉。
拒んでいるわけではない。貴方の絵が好きです、と尊敬と憧憬を込めて言ってくれた。だが、その裏にいつも声にしない拒絶の言葉がある。
「ねえ……俺のコト、嫌い?」
踏み込まないで欲しいと張られたバリケードを、あえて乗り越える。一瞬、動揺に目が泳いだが、すぐにそれは何事もなかったかのようにかき消される。
「嫌いだなんて……まさか」
「じゃあ、好き?」
その問いに一拍の間。その空白の時間が何よりの答え。
「好きですよ? 貴方の絵も建物も、とても美しいと……」
「そうじゃなくて。ねえ」
言葉を遮って、縋りつくように手に触れると、一瞬大げさなほどびくりと肩を震わせた。
「フェリシアーノ様……いけません」
誤魔化すような笑み。
泣いたり、怒ったりしてくれればこちらも諦めがつくのに、はどこまでも優しく、残酷だった。
「私も貴方も国です」
子供に言い聞かせるように、優しい声。それを切り裂いて、手を強く握りしめた。
「関係ないよ。俺のこの気持ち、国だからじゃないよ」
包み込んだ掌の中で、の小さな手が震えているのが分かった。
嫌なら振りほどいてくれればいいのに、それすらしない。嫌われてるわけじゃない。国だから、その想いに囚われてるだけ。だからそこから解放してあげれば、きっと受け取ってくれる。そんな希望を捨てきれない。
「私は……港町なんです」
今にも泣きそうな顔で繰り返す。
「知ってるよ。みんなの。いつでも、どんな時でも笑顔で出迎えてくれる君がみんな大好き。どんな長い航海も君に会えるなら苦にならない」
世界中から船が集まって、この町はいつも異国の人々で賑わっている。に会うために、嵐を超えて、広い海を渡ってここへやって来る。
「君が自分の仕事に誇りを感じてることも知ってるし、俺も君のそういう所すごく尊敬してる。でも……それだけじゃ嫌なんだ」
ごめんね、と小さく呟いて、唇を奪った。一瞬、呆然としてから、次の瞬間、平手打ちを受けるよりも強い衝撃がフェリシアーノを見舞った。
顔を真っ赤にして、ぼろぼろと涙を零すの姿に罪悪感が胸を襲う。気づかないように、触れないようにと、が守ってきた境界線を勝手に乗り込んで現実を突きつけた。
だが、このまま見て見ぬふりをされるより、何倍もいい。知らない振りなんてこれ以上、耐えられない。こっぴどく振られるよりも、無視され続ける事の方が遥かに残酷だ。
ごめんね。もう一度繰り返して、
「俺は君の特別になりたい。お願い、俺のになってよ」
end
この身体も心も国民のためにあるべきなのに。