まるで汚いものを見るような侮蔑の目で見下し、唾と共にそう吐き捨てた。
047.ないものねだり
ああ、あれに似ている。と、直感的に菊は思った。
金色夜叉の貫一とお宮。熱海に立っていた銅像にちょうどこんなのがあったはずだ、と。
ただ、相違点を上げるならば男女が逆であり、貫一は下駄ではなく軍靴で蹴り飛ばし、お宮は着物姿の女性ではなく髪にくるんが張り付いたイタリア人である。しかも、世界有数のヘタレだ。
「ヴェ〜、ごめんなさいいいいい! 嘘です、冗談です、だからゆるしてえええええええ!」
足にしがみついたイタリア男を引きずりながら、肩を怒らせ歩いているのは菊の孫娘である。つい先日、フェリシアーノ様とお付き合いすることになりました、と恥ずかしそうにしながら報告しに来たばかりだと言うのに、一体二人に何があったのやら。
「ヴェー、お願い、ゆるしてえええええ! 俺、に嫌われたら死んじゃうよー!」
「ええい、女々しいっ」
わんわんと泣き叫ぶフェリシアーノを振りほどき、はかかとを鳴らして去っていってしまった。その後姿に向けてフェリシアーノは必死に手を伸ばすが、指先は宙を掴むばかり。ついには置いて行かれ、その場に両膝をつき泣き崩れた。
事情はよく知らないが、とりあえずヘタレだ。ヘタレがここにいる、と菊は悟った。
恋愛事に首を突っ込むつもりもなかったが、あまりにフェリシアーノの哀愁ただよう背中が哀れで、その傍らにしゃがみこむ。
「貴方達は一体何をしているのですか」
半ばあきれた表情でフェリシアーノの顔を覗きこむと、フェリシアーノは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を菊に向けた。せっかく整った顔がこれでは台無しだ。
「ヴェー、菊ぅ〜」
「はいはい、まずはその顔中から溢れてるものをどうにかしてください」
ティッシュを鼻先に差し出すと、フェリシアーノはずばぁっと盛大な音を立てて鼻をかんだ。だが、両目からはティッシュをびしょ濡れにする如く、滝のような涙が未だ流れている。
「あ、あのね、俺、に……ひっく、ヒドイこと……言っちゃって……」
ああ、それであんなに怒っていたのか、と菊は納得する。自分に似ても感情を表に出すのが苦手なたちだ。嫌な事があっても口に出せないし、自分の意見よりも和を重んずるがゆえに他人に合わせようとするフシがある。
そのがあれだけ怒っているのだから、いくら恋人と言えどずいぶん酷い事を言ってしまったのだろう。
一体何を言ったのですか、と尋ねると、フェリシアーノはしゃくり上げながらその言葉を口にした。
その瞬間 ――――
「このっっ、愚か者ぉぉぉ!」
菊の怒号が響いた。
「ヴェッ!?」
「貴方は一体何を考えているのです!? それは大和撫子に決して言ってはならない言葉です! というか、侮辱です! 貴方私を馬鹿にしてるんですか!?」
「ええ〜!? な、なんで菊が怒るのぉ??」
「当たり前でしょう! 手塩にかけた大切な孫娘が、そんな侮辱のされ方をしたのですよ? これに怒らぬ爺など爺失格です! 今すぐ山に芝刈りに行ってそのまま国引退します!」
「えっ、えっ、なんかよく分からないけど、怒らないでえええええ!」
興奮する菊を前に、フェリシアーノは混乱を極め、神に懺悔するかのように両手を組んで拝んだ。だが菊の怒りは収まらず、ぐっと力強く拳を握り、わからないなんて許しません! と声を荒げる。
そして、
「大和撫子に向かって巨乳好きをアピールするなど言語道断! 慎ましかな貧乳をお持ちのお嬢さんと、その貧乳を愛するすべての人に謝りなさい!」
さあ、早く! と菊が鬼の形相で叫ぶ。だが、フェリシアーノは何故、当の本人である以上に菊が激昂するのか分からない。
確かに胸の大きな女の子に視線が釘付けになったのは悪かった。その後、の方へ視線を移し、がっかりした顔でもう少し大きかったらなぁと呟いた自分は最低かもしれない。
だが、
「いいですか!? 世の中でかけりゃいいってもんじゃないんですよ! むしろこれからは小型化、エコの時代! 手のひらに隠れるくらい慎ましやかな胸を、愛さずにどうするのですか! だいたい貴方がた欧米の方は、大きいか大きくないかのどちらかばかり注目しますが、胸の良し悪しはもっと多角的な視点から評価されるべきものでしょう! お椀形もロケット型もそれぞれに良し悪しがあり、一言では言い尽くせない趣きがあるのです。そう、芸術です! フィンセント・ファン・ゴッホへの賞賛が、モネの絵に影を与えることがあるでしょうか? いや、ない! 素晴らしきものは素晴らしきもの、大きいか小さいかが問題ではなく、女性の胸とは常に男の浪漫と夢が詰まった美の結晶なのです!」
「……ヴェー」
「わかったのなら、まず謝りなさい! すべての貧乳を愛する人へ! その美を理解しなかった己を悔い懺悔するのです! ちなみに私は貧乳派ですが、べつに巨乳を否定するつもりはありません。しかし、我が国の女性が着物を来た時、やはり美しい曲線を描くのはメロンのような爆乳ではなく、慎ましやかな貧乳。故に私は貧乳派を自負するのです。だいたい日本女性と付き合っておきながら、胸の大きな女性に目を奪われるなど(男として分からなくもないですが)宣戦布告に他なりません! 喧嘩上等です! どっからでもかかってきなさい! 私は一晩だって二晩だって、貧乳について語る覚悟は出来てますよ!?」
「ご……ごめんなさい……」
いつの間にかフェリシアーノは菊の説教を受けるような形で、地面にそのまま正座していた。
長い高説を聞きさらに本田菊という人が分からなくなった彼だったが、このままでは帰してもらえないと思い謝罪の言葉を口にする。すると、菊はぱぁっと瞬時に顔を明るくさせ、
「分かればいいのです! さぁ、今日から貴方も同士です。貧乳道の道は長く険しいですよ!」
と、よく分からない世界へフェリシアーノを道連れにするのだった。
一方その頃、は ――――
「べ、べつに、悔しいわけじゃないですし。ただ、洋服を着る時に、その方がバランスが良いような気がするだけですし……」
どこかの英国ツンデレのような口調で独りぼやきながら、胸に詰めるパッドをデパートの下着売り場で物色していたのだった。
end
色々すみません。
お胸の豊かな大和撫子もいますが、昔のお話ということで。
世界のお兄さんも引くレベルですが、祖国はきっとこれが通常運転。
もし二次元を語らせたら、軽く二倍は力説しますよ!