木の枝を削って桜形を作り、漆を塗って帯止めを作ってやった事がある。暇つぶし程度のものだったが、が想像以上に喜んでくれたので嬉しかった。
素人の横好きだが、彫刻から銀細工、果ては裁縫の真似事まで、造るというものなら何でも挑戦してみた。壊すより造る方が性に合ってる。そう感じた始めたのは、その頃だ。
壊して悲しむ人たちよりも、造ることで喜ぶ人の顔を見たい。
出来ればその中に、自分の大切な人が含まれていればいい。
そんな想いを込めて、清正は造る道を選んだ――――
044.職人気質
解き開かれた襖の中から、の感嘆の声が庭先の清正の耳にも届いた。
荘園造りを真似したような雅な庭は、秀吉がのために特別に造らせたものである。病気がちなが病床からでも退屈しないようにと、細部に至るまで自身が指揮を取って作らせたものだ。
だからこそ、この光景が更に映えると言えるのだろう。
全国の仏閣や神社、史跡や城を模した小型の模型たちが、所せましと庭先に敷き詰められている。京都の金閣寺、奈良の大仏、富士山、姫路城、厳島に九州の地獄と呼ばれる温泉まで。すべて清正手ずから心を込めて造ったものだ。
小さな日本列島を展開したような庭先に、は驚きの声以外言葉を発する事が出来なかった。
清正がの元を訪れたのはつい昨日の事だ。
怪訝に思ったに向かって、清正はどうか一日だけこの襖を開かないでくれと言った。不思議に思いつつ約束を守ったは、次の日の朝一番にこの光景を見せられたのだ。
しかも、模型を置いただけでなくきちんと風景になじむように造詣がくわえられているほか、その景色はまるで春夏秋冬が日本列島を覆うように広がっている。奥州の冬景色から、紅葉の広がる九州まで。小さく切り抜かれた紅葉の先まで、繊細な技巧で表現されている。
「すごい……」
は感嘆と共に思わず庭先へはだしのまま降り立った。
北国の泉に立つ鶴の模型を指先でつまみ上げ、光に照らししげしげと見入る。
「これは何と言う鳥?」
「丹頂鶴だ。北国に生息し、冬が来ると南に渡って越冬するらしい」
「じゃあ、これは?」
実際に水の上にうかぶ島を指差し、が尋ねる。
「松島だ。海に浮かぶ島の形が特徴的だろう。これは造るのに苦労した」
そして、清正はひとつひとつ丁寧ににそれがどこの何であるかを説明した。説明したと言っても、実際に清正が目にした事があるのはほんの少しである。見たことのない建造物、風景、動植物を、清正は書物や人からの伝聞でのみ形作ったのだ。
ただに、一目見せたいという想いだけで――――
「これは分かる。大阪城だね」
ひときわ大きく天に向かってそびえる城は、ここ大阪城である。
それを手に取り、は嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ、すごいね。こんなに広い日の本が、私の庭にすっぽり入っちゃった」
しかも、雪景色も桜の頃も、炎天下の夏も、紅葉も、すべて楽しむ事が出来るのだ。
現物に比べれば、それはおままごとのようなものかもしれない。だが、この城から出る事の適わないには、それだけで世界が広がる心地がしたのだ。
「ありがとう。私もう満足だよ」
世界はこんなにも美しく、の想像も及ばぬもので満ちていて、完成されている。
それを知る事が出来るだけで、は満足だった。
だが、清正は首を横に振る。
「悪いが、俺は嘘がつけない性分だ。だから……お前を連れてってやると約束は出来ない」
「うん。わかってるよ。でも、私これで……」
「いや、違う。話を聞いてくれ。俺はお前を連れ立って旅にはいけないかもしれない。でも、お前に外の世界を見せてやる事は出来る。このほかにも外の世界には、お前の知らないものがたくさんあるんだ」
「ほか、にも……?」
きょとんと目を丸めるに、清正は力強く頷く。
「ああ。日の本は海に囲まれているが、そのずっと先に唐土や南蛮、ほかにもたくさんの国がある。俺がそれを見せてやる。どんなに時間がかかっても、必ず。約束だ」
差し出された清正の小指に、は目をしばたたかせ――――長い睫毛の合間から思わず涙が零れ落ちた。
「うん……うん……きっと、見せてね……待ってるから」
泣きながら、の小指が清正のそれに絡まる。
まるで子供の頃のように、二人は幼いゆびきりを交わした。
end
東武ワール○スクウェア的な。
築城の名人から、なんとなく器用そうなイメージです。