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43.ひなたぼっこ





「あら、珍しい」
 思わずがそう呟いたのには理由があった。
 陽だまりになっている畳の上で、正座を崩さぬまま官兵衛が静かに寝息を立てていたのだ。眠っているのにすっと伸びた背筋はそのまま、さすがと言おうか、ここまでくるとどこか人間離れしているようにも見える。
「官兵衛様?」
 隣りに膝を付き、まじまじとその顔を覗き見る。今にも目を開きぎろりとこちらを睨みそうにも思えたが、その実官兵衛の眠りは深い。すうすうと静かな呼吸音が聞こえる。
「寝ている時くらい、穏やかな顔をしてくださればいいのに」
 呟きながら、は官兵衛の眉間の皺にそっと触れた。ぴくりと眉根をひそめ、だが官兵衛は目覚めない。
 それをいい事には官兵衛の皺を指先で伸ばすと、満足気に微笑む。
 こうしていると歳相応に若く見えるし、肌も綺麗だ。これで笑いでもすれば周囲の目も変わるだろうにとは惜しく思うのだが、笑った官兵衛というのも想像がつかなかった。
 そういえば自分は師が破顔する顔を一度も見たことがない。凶悪な笑みなら合戦場で幾度か見たことはあるが、あれでは人を寄せ付けるどころか畏怖を覚えさせてしまう。
 ただでさえ誤解を与えやすい官兵衛の事をは心配しているのだが、本人に改善する気持ちは欠片もなく、そのような提案をすれば逆に鼻で笑われるのはの方だ。自分に他者の好意など不要だと、潔いほどに他人を拒絶する。好き好んで官兵衛と戯れようとする者など、と半兵衛くらいだろう。
「皆は貴方の事を悪くいいます……でも、私は官兵衛様のことちゃんと好きですからね」
 一方的に宣言すると、は官兵衛の背に頭を預けた。太陽の光を受けた彼の背は暖かく、親鳥に守られた雛のような安心感をくれる。
 本当に悪い人間や恐ろしい人間なら、こんな風に自分が感じるはずがない。根拠の無い自信と安堵を噛み締めながら、は静かに眠りの淵へと落ちていった。



end


説明不要の安心感。