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!CAUTION!
史実ネタを含みます。
フィクションとしてお楽しみください。













040.流星群





 もしかしたらこの結末を、君は予期していたのかもしれない。

「お別れしましょう、私達」
 春の星空の下で告げられた言葉に、俺の心臓はえぐられたような痛みを覚えた。
「ど、どうして!? 俺のこと嫌いになった? もう好きじゃない?」
 慌てふためく俺には悲しげな笑みを浮かべて首を横に振った。
 俺だってが俺の我儘に付き合ってくれているんだっていう自覚はあった。彼女は俺のことをまるで子供に対するような顔で接するから。
 それは俺の望んでいた恋人同士の関係とは少し違っていたけれど、それでも俺はを引き止めておきたかった。俺が情けなくて放っておけなくて側にいてくれるのだとしたら、俺は他人のどんな誹りを受けたって情けない男を演じて見せた。他人にどんな風に思われても、どんなに男のプライドを捨てても、それでも俺はが大事なんだ。
「俺……俺、にもっと好かれるように努力するから……だからそんなこと言わないで」
 いつものように子供みたいにべそをかく俺に、は困ったような笑みを浮かべる。そうではないのです、と首を横に振って、
「貴方の事を誰よりもお慕いしています。私は今のままの貴方を愛しています」
 の口から愛しているなんて言葉が飛び出るとは思わなくて、思わず俺は呆然とした。いつも恥ずかしがって言ってくれないその言葉が、俺に非現実感を覚えさせる。
「じゃあなんで? 俺もの事が好き。誰よりも愛してるよ、離れたくないよ」
「……だからこそです」
 これ以上貴方の事を好きになってしまったら自分は判断を誤るかもしれない。大戦が激化する中、今のように、人のように誰かを愛し続ける事はこれ以上出来ない。自分は国の一部だから、何よりも日本という祖国を守らなければならないのに、もしかしたら私は国民も何もかも捨てて貴方を選んでしまうかもしれない。そんな事は赦されないのに。
 はただ淡々と語り、俺には何も理解出来なかった。
「そんな事……ないよ。それに俺たちのこと、菊も許してくれているでしょ?」
「お祖父様に何かを言われたからではないのです。私自身がけじめを付けるべきだと思ったのです」
「そんなの……俺、が居たからここまで頑張ってこれたんだよ?」
「私もです。でも……これは本来であれば赦されないことです。私達は何よりも国民を優先すべきなのですから。国の意思は国民の総意だと信じてきました。でも……本当にそうなのか、今の私は自信が持てません」
 だからお別れしましょう、と。
 の星空を閉じ込めたような瞳がじっと俺を見つめて、俺はもう何を言っても彼女の決定を覆せないんだと理解した。
「ねえ……この戦争が終わったら、また俺たち元に戻れる?」
 最後まで聞き分けのない俺に、は何も言わず淡い微笑みだけを向けた。否定も肯定もされなかったその笑みの意味を、俺は勝手に信じることにした。
 そしてそれから時間は流れて ――――

……?」
 ベッドの上で横たわる彼女の凄惨な姿に、俺は思わず手にした花束を取り落とした。
 あの細くて白い腕がない。あのしなやかな足がない。艷やかで綺麗な黒髪は短く切り落とされ、焼け爛れた身体を覆い隠すように身体のほとんどが包帯で覆い隠されていた。
 あの美しかった姿は見るも無残に損なわれて、小さな呼吸音で辛うじて生きている事がわかる程度に弱っていた。
「だから会わない方がいいって言ったんだぞ」
 背後からかけられたアメリカの声に俺は反射的にアメリカに掴みかかっていた。
「お前が……お前がをこんなにしたの……? お前が……」
 アメリカはただ俺のことを冷ややかな目で見下ろして、離せよ、と短く呟いて俺の両手を強引に解いた。
「君に非難される謂われはないよ。どうしてがこんな姿にならなくちゃいけなかったのか、よく考えて見たらいいんじゃないかな?」
「そんな事……」
「Hey,俺は彼女みたいに優しくないんだぞ。俺は君の卑怯な所が大嫌いだ。今さらのこのこ現れて、まさかまだ恋人面でいるんじゃないだろうね?」
 俺はどんな顔でアメリカを見ていたのだろう。アメリカは嘲るように短く笑って、病室を出て行った。せめて最後に別れの挨拶くらいさせてあげるよ、と言い捨てて。
 俺はの傍らで体中の力が抜け落ちたみたいに脱力した。ベッドの枕元に顔を押し当てて、ただ泣くことしか出来なかった。
「ねえ……君はこうなる事を予期していたの?」
 答えはない。あの細く澄んだ声が聞こえない。
「卑怯だって知ってる。世界中から非難されてもいい。それでも俺は君が好きだよ……どんなになっても、何年経っても、どうか……」
 君の瞳の星空が俺をまた映してくれますように。

end


いち個人の自我と国としての気持ちに挟まれて、
泣いたりするのかもしれない。
この後「091.暴挙」に続きそう。