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!CAUTION!
N番煎じのマフィアパロです。



034.場違い





 日本には掃き溜めに鶴という言葉がある。
 掃き溜めのような汚い場所に、それに似つかわしくない美しいものや優れたものがあることを喩える言葉。
 どうしてそんな言葉を覚えたのか、その経緯は忘れてしまったがそんな言葉がふとフェリシアーノの脳裏に浮かんだ。
 月の光に照らされるその姿は、鋭利な刀身を思わせる。サーベルや青竜刀のような大ぶりなものではなく、そう、日本刀のような華奢でいて鋭い刃だ。
 思わず溜息が漏れるほどの美人に、思わず目を細めたのはイタリア人のさがだろう。これが道端であったならば、躊躇いもせず口説きにかかっているところだ。
 一振りの刀を手に、音もなく縁側へと降り立つ。その瞬間、フェリシアーノを囲んでいた黒服たちに明らかに動揺が走った。
「お嬢! いけません。ここは我々が対処しますので、どうか奥へ」
 だが少女は、彼女を諌めた黒服をひと睨みして黙らせた。ああ、この子は本物だとフェリシアーノは確信を持つ。拳銃を片手に虚勢を張る偽物などではなく、本物の裏の住人。本田組の中枢に名を連ねる者に違いないと確信した。
「おやめなさい。貴方達では荷が重すぎます」
 フェリシアーノの力量を買ってくれているのは嬉しかったが、では彼女ならば自分と釣り合うのかとからかいたくなってしまった。日本人らしい背の低い、小さなバンビーナ。
 君が俺のダンスのお相手? 良かったらベッドまでエスコートしようか?
 舌なめずりをして、胸中で問いかける。
 と、声にせぬ揶揄が伝わったのか、少女は目を細めてフェリシアーノを見やると、刀の先を彼に向けた。
「主の了承もなく庭から入ってくるとは、イタリアの方は随分無作法なのですね。その上、我が家の者たちに手を挙げるとは、一体どのように落とし前をつけてくださるのでしょう」
 ああ、まさか生で映画のようなこんな台詞が聞けるとは! フェリシアーノはいつか見たヤクザ・ムービーを思い出し、思わずふふっと笑い声を漏らした。
「何が可笑しいのです?」
 少女が眉を潜める。
「あ、ごめんねー。べつに君を笑ったわけじゃないんだけど、でも、俺すっごく感動しちゃって!」
「感動……?」
 不機嫌が空気を伝って届くように、視線に不穏なものが混じる。
「だって、俺、今日ブッコミ? ってのをかけに来たんだよ? あ、テッポウダマの方が正しいのかな? なんだか最近、ヨーローッパの方でおいたが過ぎるみたいだからね。そのホーフクに来たんだ、俺。なのに突入先で君みたいな可愛い子に会えるなんて、これってすっごい奇跡じゃない!?」
 拳銃を手にしていなければ、ただの軟派なイタリア人でしかなかっただろう。ぽやんとした人畜無害な表情は、本田邸の庭園に撒き散らされた血と硝煙の匂いからはあまりにかけ離れていて、一体この男は何者なのだと少女を一瞬混乱させた。
 だが、すぐにそんな事などどうでもいい、と思考が遮断される。
 彼女の祖父であり、本田組組長の肩書を背負う菊の留守に、こんな闖入者に家を荒らされるわけにはいかないのだ。
「貴方の頭の方が奇跡的におめでたいのでは?」
「ヴェー、そんなこと言わないよぉ。俺、もっと君と話したいんだ!」
「お断りします。ここで頭と胴体を二分されるか、内臓を置いていくか選んでください」
 えー、っとフェリシアーノは肩を落として落胆した。
 凍える月のように冷たい陰影であるというのに、少女の瞳ばかりがギラギラと輝いていて、どうにも戦闘は避けられそうにない。まあ、こちらから乗り込んだのだからそれは仕方がないのだが、こんな形でしか語り合えないのは何とも残念だ。
「残念だなぁ。もっとお話したいなぁ。あ、俺、フェリシアーノ・ヴァルガスって言うんだ。兄ちゃんはロヴィーノって言って、俺たちあっちではちょっと有名なんだよ」
 フェリシアーノの無駄話を聞き流しつつ、少女はゆっくりとした足取りで間合いを詰める。
 知っています、と答えればフェリシアーノは大げさなほど嬉しそうな顔で笑った。そんな瞬間も、はフェリシアーノの四肢から目を離さない。
「ナポリのヴァルガス兄弟。先代が亡くなってからファミリーは力を失い、勢力を狭めたと聞いていましたが……貴方達が継いでから勢いを取り戻したようですね。随分と派手好きと聞いていましたが、なるほど」
 隙だらけのようでいて踏み込む隙を見せないフェリシアーノを前に、は緊張を高める。素っ頓狂な事を口走っているのは陽動なのだと、己に言い聞かせる。
「ねえ、俺の事ばっかじゃなくて君の事も教えてよー。名前は? いつからヤクザしてるの? 好きなパスタとピッツァは?」
「黙りなさい」
 はぴしゃりと言い放つと、鋭い目でフェリシアーノを見据えた。
 フェリシアーノは一頻りしょんぼりとすると、ふいにああ、そうだ、とパチンと指を鳴らした。
「こんな所で立ち話ってのも何だよね。せっかくだから君を俺たちのうちに招待させてよ!」
「………。はぁ?」
 まるまる一拍の間を開け、は顔をしかめる。
「だってさー、俺は拳銃、君は日本刀なんて、物騒で仕方ないよ。お互いを知るためにもっとリラックス出来る場所じゃなきゃ。だから、”君”を”俺”の家に招待するよ」
 まるで三日月のように薄く細められた瞳が、の身体を捉える。ぞくりと悪寒が走り、思わずは後ずさった。
 その眼前で、ふふっ、とフェリシアーノが軽やかな笑みを零す。
「でも、考えようによってはこれって、現代版のロミオとジュリエットみたいだよねー。俺はイタリアのマフィア、君は日本のヤクザ。お互いに相手のシマでしのぎを削ってる、そんな家に生まれついた俺達が互いに心惹かれていくなんて」
「いつ私がお前に心惹かれた」
 思わずいつもの口調も忘れ、は噛み付くように言い放った。だが、フェリシアーノの軽やかな笑みは止まない。
「すぐにそうなるよ。日本の女の子は恥ずかしがり屋だって、ちゃんと俺知ってるから。もっと時間をかけて、ゆっくりお互いのこと知っていこう? だから俺の家に、キテ?」
 フェリシアーノが言葉を終えたのと、が振りかぶったのはほぼ同時だった。鋭い剣閃がフェリシアーノの身体を捉える。だが、月の光を受けたその身体がくるり、と軽やかな動きで舞ったと思いきや ――――
「あっちに行ったら、まず美味しいパスタを作ってあげるね?」
 の側頭部に漆黒の銃口が突き付けられていたのだった。

end


この後のお話。
フェリにイタリアに拉致られる
事件を知った菊は激怒するも、CAIのアルフレッドに目をつけられ表立って兵を動かせない。
そこで古くからの知人の王耀(チャイニーズ・マフィア)を訪ね、の奪還を依頼。
いくつかの密約の末、王耀のバックアップを受けた菊がイタリアへと乗り込む。
一方、王耀の動向を探っていたMI6所属のアーサー・カークランド少佐は、菊と王耀の奇妙な繋がりを知り、真相を突き詰めるためイタリアへと赴くのだった……

という、展開を考えていた時期が私にもありました。
正直に言うと、お嬢! って誰かに言わせたかっただけです。