026.変身願望
「春は若草に桜色、夏は空色に杜若、秋は唐紅に橙で、冬はおめでたい紅白なんていいね」
の髪を丁寧に櫛で梳きながら、ねねは唄うように続ける。
「赤紫に銀朱に紅緋、青丹に萌黄、浅黄色」
名を聞いてもさっぱり何の色なのか分からない。まるで呪文のようだとは思う。
だが、ねねの唇からは滔々と七色の言葉が、雪解けを迎えた小川のように絶え間なく続き、架空の錦を部屋いっぱいに広げる。
「露草、群青、瑠璃紺、桔梗、紫苑に竜胆、紫黒、紫紺」
色彩に乏しいには、ねねの言葉が何色から何色への変移なのかさっぱり分からない。そもそも桔梗と紫苑と竜胆の色に、どんな違いがあるのかさえ分からないのだ。
「あたし小さい頃は反物屋の娘になりたかったんだよ」
と、ねねは上機嫌で話す。
「なぜです?」
「だって反物屋の娘になれば、たくさん綺麗な衣を見る事が出来るでしょう? 綺麗な色を見るだけでなんだかわくわくするじゃない」
そして、ふふっと笑みを零す。
「本当はね、どこかのお城のお姫様に憧れてたのかも。毎日、床に並べられた内掛けから、一番好きな色を選んで――――あ、でも憧れてたくせにね、その他のことは全然考えてなかったんだよ。ただ、綺麗なおべべを夢見てただけ」
そして再びねねは唄を続ける。
茄子紺、若紫、牡丹鼠に霞色――――
色の事はよくわからないが、ねねのこの唄は嫌いではない。この唄には、ねねの夢がつまっている。四季折々の花を手折っても足りない幾千もの色彩が、溢れて流れ、淡色な畳の上に錦の海を造る。
「はい、出来た」
ぽん、と背を叩かれ、目の前の鏡を覗き込むと、頭上にまとめられた髪に二色の蝶々が揺れていた。着物の端切れで作ったんだよ、とねねが告げる。
嬉しそうに微笑むを見ながら、
「やっぱりあたし、お姫様ごっこが好きなんだねぇ」
と、ねねが笑いながら呟いた。
end
おねね様は自分が着飾るより、人を着飾らせるのが好きそう。