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021.睡眠不足





 竹中半兵衛は勤勉や勤労と言葉をあまり好まない。
 元の出来が良い分、勤しむほど勉学や執務に励む必要がないという一般人には至極羨ましい能力の持ち主であるのも理由の一つだが、それ以前に彼が好きではないのだ。
 戦において時勢は重要であるし、時に寸暇を惜しんで策を練る ―――― というのは事はあるが、それはあくまで短期的なものだ。何事もめりはりが重要であって、常に勤勉、勤労に励むというのは精神力をすり減らすとも思っている。
「そりゃ向上心を持つのは、立派な心がけだと思うよ? でもさ、それが元で身体壊したら元も子もないじゃん」
 と、苦言を受けて文机に突っ伏したは弱々しい声を上げた。
「……面目ありません」
 その回答自体半兵衛の好きな言葉ではないのだが、これ以上苦言を呈すると自己嫌悪でが消えてしまいそうなので黙っている事にした。
 官兵衛に並々ならぬ恩義を感じているならば、一日も早く偉大なる師に近づき、役に立ちたいという気持ちもわからなくもない。だが、は官兵衛を見慣れているせいで、その目標がものすごく高いものだと知らないのだ。常人が簡単に越えられる壁ではない。いくらが優秀でも、秀才と天才の間には大きな隔たりがあるのだ。
 それを理解し、自分の足並みで上を目指してくれるなら半兵衛も安心できるのだが、焦燥感に駆られてかは無理をしすぎてしまう。こうして今日も目の下に深い隈を作って、睡眠不足と戦っている。
 効率悪いと思うけどなぁ ――――
 と、声に出すのはさすがに追い打ちをかけてしまうので、胸中で半兵衛は呟いた。
 官兵衛殿も止めてあげればいいのに。
 半兵衛の目から見ても、はよくやってくれていると思う。もし官兵衛が一言褒めてやればはきっと喜んで、焦る気持ちを払拭できただろう。逆に熱が入りすぎてしまう、という可能性も大いにありえるが、それでも今のような悪い精神状態にはならない。
 だが、官兵衛はそういった気遣いが出来る人間ではないし、もし半兵衛が指摘すればそれはの自己管理の責任だと一蹴する冷徹っぷりを見せるだろう。
 を救えるのは官兵衛だけ。だが、その官兵衛には救うつもりはない。
 半兵衛としてはどうにかしてやりたいが、半兵衛の言葉ではに届かない。もどかしい限りだ。
「あー、もう、俺に謝る必要はないから少し休みな。後でちゃんと起こしてあげるから」
 が譲歩できるであろう所を提案すると、は恐縮しながらも半兵衛の言葉に従った。
 しばらくも経たないうちに、軽やかな寝息が聞こえて来る。
 そこでようやく半兵衛は溜息を付くことを自らに許した。
「なんだかなぁ」
 と、独りごちて、
「官兵衛殿の半分でもいいから、もう少し俺の言うこと聞いてくれてもいいんじゃない?」
 共に過ごした時間の差とはいえ、両兵衛の片割れは煮え切らない嫉妬を胸のうちで燻らせるのだった。




end


官兵衛への尊敬が一途すぎて、やきもきしちゃう半兵衛のお話でした。