020.最初で最後
こんな時代なのだから、望んだ相手と結ばれる事などきっとない。
女は政略のため、男は跡取りのため、いくつかの限りある組み合わせの中で、相手の事を好きになれたらきっとそれは幸いだ。
番ってから相手に恋をする。それが正しい順番で、間違っても逆じゃない。恋をしてから番おうとするには、あまりにも多くのものがままならない。
だったらそんなものなど、最初から望まないほうがきっと気が楽だ。悩んだり、苦しんだりしている時間は、私達にはあまりないのだから。
いつ戦場でのたれ死ぬとも分からない身で、生きている時間をそんなものに使うなんてきっと無駄。官兵衛ならばきっと兵書の一つでも読めと言うはずだ。
だから、この感情は、きっと正しい。
「妻を娶るんだってね」
の言葉に、三成は振り返りもしなかった。ああ、と短く応じて、刀の手入れに集中しきっている。
その背中には質問を続けて向ける。
「どんな人?」
「さあな。まだ会っていないから、俺も知らん」
「聞いたりしないの?」
「器量よしの優しい女性だと聞いた。嘘かどうかは知らんが、縁談話の女など皆そんなものだろう」
そのそっけない言葉に、は三成もこの縁談には乗り気ではないのではないかと淡い期待を抱き、すぐに己の卑しい気持ちに落胆を覚えた。三成がどう感じていようと、縁談の日は近づいて来ている。それで何かが変わるわけではない。
だが、の口をついていたのは正直な感想だった。
「何だか少し……寂しいな」
「なにがだ。家を出ると言ってもすぐそこだぞ?」
どうせ世話好きのねねが飯も一緒に世話するのだろう。ただ寝所が他所へ移るだけだと、そう言いたげだ。
だが、が言っているのはは物理的な距離の話ではない。
「そうじゃなくて。ずっと一緒に暮らして来たから……なんか三成が遠い存在になっちゃうなって」
「下らん。俺は俺だ」
「そうだけどさ……」
食い下がるに、三成は訝しげな視線を寄越した。何をいいたいのだお前は、と呆れ気味な声で言う。
「私はただ……」
その先が続かない。知らない女の人のものにならないでなどと、口にできるはずがない。
自分と三成は姉弟のように育ったのだ。それを今さら想いを伝えたところで何も変わらない。ただ三成を困惑させ、これからの関係を気まずくさせるだけだ。
この感情に行き先などなくて、胸に渦巻いた後消えるべきものなのだ。
「私はただ……いつも煩い三成が居なくなっちゃったら、家も静かになっちゃうなって思っただけ」
嘯いた言葉は虚しく、去勢と共に浮かんだ笑みはなんと醜い事だろう。なんだそれは、と三成が呆れ声で言う。
お前も十分煩い、そんな事よりお前こそ早く嫁げ、そんな事だと何時までたっても嫁ぎ先など見つからんぞ ――――
口うるさいと感じていた嫌味が、いつも以上に優しく聞こえる。
煩いよ、と笑い返して、
「好きだよ、三成。どうか……幸せにね」
仮面のような笑顔を作る他に、は涙を堪えるすべを思いつかなかった。
end
最初で最後の告白が、別れの言葉。