017.はちみつ
「あれで意外と甘党なんですよ」
内緒話をするように手で口を覆ってくすくすと笑った。官兵衛が席を外した隙を見計らってこっそりが教えてくれたのだった。
以前、元就の隠居部屋で呼んだ文献に書いてあった話だ。如月の中頃、南蛮では甘い菓子を女子が異性に贈る風習があるのだとかで、それを思い出してふと半兵衛が口にしたのだ。甘味好きのはすぐに半兵衛の話に乗っかり、何が食べたいか半兵衛と官兵衛に要望を聞いた。半兵衛は饅頭やらかすてらやら色々と並べ立てたが、一方の官兵衛は無関心な顔で下らぬと一蹴したのである。
「ちょっと官兵衛殿〜、せっかくが手作りしてくれるんだから。そこは素直に喜ぼうよー」
「下らぬ遊びに付き合っている暇はない」
「も〜、素直じゃないんだから官兵衛殿は」
なんとでも言え、と半兵衛の文句さえも一蹴し、官兵衛はすくっと立ち上がる。
「あ、官兵衛殿、どこ行くの?」
行き先を問いかけた半兵衛に官兵衛は、厠だ、と短く返した。わざわざ聞くなと言いたげなその顔に、あえて半兵衛はいってらっしゃ〜いと手を振ってからかってやる。いつもの事なので顔にも言葉にも出さないが、わずかに障子を閉める音に力が篭ったのに気付き、半兵衛は吹き出したのだった。
そんな時、が官兵衛の足音が十分に離れたのを見計らい、そっと教えてくれたのである。
「え、そうなの?」
その情報は半兵衛に少なからず衝撃をもたらした。あの素食した食わぬとでも言いそうな官兵衛が、まさか甘味好きだったとは初耳である。
「あ、ナイショですからね? あまり人に知られたくないみたいですし」
「ああ……まぁねぇ」
自分の印象に合わないと自覚があるのだろう。確かにあの凶相であんみつを頬張っている姿は、一種の恐怖である。
本人が気をつけていたせいか半兵衛もまったく気づいていなかった。半兵衛が軍師である事も計算に入れ、日頃から警戒していた可能性もあるが。
「でも、はよく気づいたね」
「まあ……長くお側にお仕えしていますし」
そう言って、ちょっとだけ恥ずかしそうにはにかんで見せる。周りからは怖がられる事の多い官兵衛だったが、幼い頃に官兵衛に命を救われたは、まるで家族のような親愛を官兵衛に抱いていたのだ。
「視察で地方に往かれた時に、必ずその土地の甘味をお土産にくださるでしょう?」
「え? ああ、そうかもね」
あまり意識していなかったがそうかも知れない。前に一緒に中国の方へ行った時も、帰りに干し柿を大量に買っていた。酒にしようよと言った半兵衛に、小娘なら甘味が好きだろうからこれで良いのだと答えたのだ。
あの時はてっきりの好みなど知らないから、若い娘なら甘味が好きだろうという単純な理由で、適当に土産を見繕っているのだと思っていた。だがそうではなく、半分は本当にが甘味好きだと知っていたのかもしれないが、もう半分は自分のためだったのだ。
あの官兵衛が隠れて干し柿を齧っている姿を想像し、半兵衛は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、官兵衛殿ってば可愛いなぁ」
「ふふ、そうなんですよ。お饅頭も桜餅もたくさん買ってきて、半分私にくださるんです。こう御膳を二つ横に並べて、均等になるように配るんです」
そして配り終えると半分をに遣り、もう一つを手にどこかへ行ってしまうのだそうだ。決して人に食べる所は見せない。どこへ行くのかも尋ねた事があったが、その時官兵衛は神仏に備えて来ると答えたのだそうだ。
「本当なんですよ? 裏のお社とかにお供えしてあるの見たことありますから。でも……」
「あ、分かった。数が合わないんだ」
「そうなんです!」
思わずも吹き出してしまった。台所の神棚やら裏の社やら確かに神仏は至るところに居るかもしれないが、それでもどうしてもあの大量の饅頭がすべて神前・仏前に供えられたとは思えない。
「あー、つまり官兵衛殿の胃袋に消えてたってわけね」
はくすくすと笑いながら頷く。
「本当にお優しい方です」
と、笑い泣きで浮かんだ涙を指先で拭いながら、
「私も小さい頃は、官兵衛様は甘いものはお嫌いだと思っていたんですよ?」
「へえ?」
やはり近しい者にも隠していたのか。見抜けるようになったのは、が軍師の才覚を現し始めた証拠なのかもしれない。
どうして、と尋ねるとは嬉しそうな顔で笑った。
ああ、この子は、本当に官兵衛殿が大好きなんだなぁ ――――
そんな風に、人をほっこりさせる笑顔で、
「だって官兵衛様、甘い物が出てもほとんど召し上がらなかったんですよ? それで私の方にそれを向けて」
お前が食せ。私は甘味は好かぬ ――――
end
タイトルと甘い以外の共通項がないですが、
かんべさんが甘い物好きだったら可愛いなと妄想。
子供にあげるために自分は好きじゃないフリとかしてて、
それを律儀に今も続けていたら更に可愛い。