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016.落書き





 酔っぱらいのした事だから。そんな一言で許される許容の範囲というものを超えている。
 日本はまるで帝国時代に戻ったかのような、冷え冷えとした眼差しで男たちを見下ろし、悪意を込めて言い放つ。
「貴方がたは馬鹿ですか」
 その悪言に半裸のまま正座させられた国々は反論など出来ず、ただ青ざめた顔で日本のお説教が終わるのを待つ。室内とは言え酔いの冷めかけた身体で半裸は寒い。せめて何か羽織らせてくれないだろうか、と懇願の眼差しで見上げるか、日本の有無をも言わさぬ鋭い表情に言葉は喉の奥へと滑り落ちていく。
 日本はテーブルの上に置いたワイングラスをくいっと仰ぎ、酒気と共に溜息を漏らした。
「貴方がたはまったくもって分かっていません。ええ、全く、全然、さっぱりです!」
 何のことかと言うと、話題は日本の手元に置かれた一枚の紙。今日の世界会議の資料だが内容に対するメモなどは一切なく、資料の持ち主の会議への消極的な態度が伺える。その代わり、余白に描かれた落書き ―――― 落書きと呼ぶにはいささか不釣り合いな、丹念に描かれた少女の横顔は芸術と言っても差し支えないような美しさだ。
 日本の孫娘であるの横顔。おそらく資料の持ち主の位置から、ちょうどこの横顔だったのだろう。
 離れた位置からはそんな細部など見えないだろうに、睫毛の先の先まで描かれたそれに並々ならぬ想いを感じる。
 これだけを見るならば、誰かが自分の孫娘に想いを寄せている。それだけで済むのだが、問題はその真上の余白だ。
 伸ばされた吹き出しの中には、日本に馴染みのない言語。スペイン語で『親分、大好き! キスしたって!』と書かれているのだが、その上から別の第三者がぐちゃぐちゃと線でそれをかき消し、『ロマーノ様、格好いい! 私をあなたのものにして!』とイタリア語が真上に記されていた。
 これだけで何が起こったのか察するのには十分。だが残念ながら、へ向けられた男たちの妄想はそれだけに留まらない。
 紙を裏返しにすれば、先ほどと異なるタッチで描かれた裸婦像がある。ルーブル美術館に飾られるような美しい絵であるが、顔が孫娘のそれである以上、評価の対象にはならなかった。
 悩ましげで豊満な身体は実物よりいささか男の夢が込められすぎているようにも感じるが、ともかく裸体をベッドと思わしき場所に放り出し、切なげな顔で視線をこちらに向けている。そしてお決まりのように吹き出しが伸びているわけだが、こちらは表よりももっと酷い。
 『お願い……もう我慢出来ないの……』と、フランス語。
 『あっ……だめ、フランス様のよりおっきぃ……』とクイーンズイングリッシュ。
 『また私のここ、あなたの黒船で開港して?』とスラング混じりの英語。
 中学生のノートのようだ。
 とりあえず ―――― これを見つけた瞬間、日本は酔っ払っていたそこら辺の国々を怒鳴りつけて正座させた。つまり資料の持ち主であろうイタリア、表の吹き出しの犯人であろうスペイン、ロマーノ、裏の卑猥な絵の共犯者フランス、イギリス、アメリカである。
「ヴェェェェ、俺はただ横顔を書いただけだよぉ」
 と、イタリアが痺れる足に涙目になりながら無実を訴える。だが日本はだまらっしゃいとそれを一喝し黙らせると、ワインを一気に飲み干して力強く言い放った。
「貴方たちはまったく萌えというものを分かっていません! 現代春画といえば触手・ケモミミ・リョナでしょう! それを理解せず、こんな中学生男子のような事をして満足しているとは……嗚呼、なんと嘆かわしい!」
 一同、呆然と日本を見上げる。
 その間も彼は萌えとはなにか、二次元の可能性とは何かを滔々と語っていたのだが、ふいに背後に影が忍び寄り日本の後頭部をワイン瓶でごつんと殴った。
「お祖父様が一番嘆かわしいです!」
 本人の登場に日本を初め、正座させられていた国々の顔色が変わる。その後、夜が明けるまで延々とお説教が続いたのは言うまでもない。

end


紙の上なら、日本のエロさと変態度は世界一の戦闘力だと思う(笑)